太海村

太海村（ふとみむら）

太海村は、かつて千葉県安房郡（旧長狭郡）に存在した村です。1889年（明治22年）に町村制の施行に伴い、周辺の6つの村が合併して誕生しました。しかし、昭和の大合併により1955年（昭和30年）に廃止され、現在は鴨川市の一部となっています。

地理

太海村は、現在の鴨川市南部に位置しています。鴨川市を4つのエリアに分けた場合、「江見地区」の一部にあたります。さらに、旧町村単位で12地区に分けた場合は、「太海地区」として知られています。この地区には、太海、太海浜、天面、江見太夫崎、江見吉浦、西山、太海西といった大字が含まれます。東南は太平洋に面しており、沿岸部には浜波太、天面、太夫崎などの漁村が点在しています。

特に、変化に富んだ海岸線は景勝地として有名で、多くの洋画家が訪れました。中でも波太海岸は、「西の波切に東の波太」と称されるほどの美しさで、浅井忠、石川寅治、曾宮一念、中川八郎ら著名な画家たちが風景画を描きました。また、仁右衛門島（波太島）も旧太海村域に位置しています。

1926年（大正15年）の記録によると、太海村は北を峯岡山脈に接し、鴨川町や曽呂村と隣接していました。西側は江見村と接しており、村は岡波太、浜波太、天面、太夫崎、吉浦、西山の6つの地区に分かれていました。

歴史

前近代

安房国には、源頼朝にまつわる伝承地が数多く存在しますが、太海村の仁右衛門島や太夫崎もその一つです。仁右衛門島には、頼朝が身を隠したとされる洞窟があり、太夫崎では頼朝が乗ったとされる名馬「太夫黒」が産まれたと伝えられています。太夫崎には「名馬川」という川も流れています。

太海村は、6つの旧村が合併して誕生しましたが、そのうち吉浦と太夫崎はもともと朝夷郡に属していました。江戸時代後期には、長狭郡側の4つの村（岡波太、浜波太、天面、西山）は上総国勝浦藩（後に武蔵国岩槻藩）大岡家の領地となり、朝夷郡側の2つの村は代官領や旗本領として変遷しました。幕末期には、岩槻藩によって浜波太（または仁右衛門島）と天面に台場が築かれました。

近代

明治初期、長狭郡側は花房藩領、朝夷郡側は長尾藩領となりました。1878年（明治11年）に千葉県で郡区町村編制法が施行されると、天面村と西山村、岡波太村と浜波太村、吉浦村と太夫崎村がそれぞれ連合戸長役場を設けました。1884年（明治17年）には、天面村、西山村、岡波太村、浜波太村が一つの連合となり、吉浦村と太夫崎村は西江見村など朝夷郡の村々と連合しました。

そして1889年（明治22年）、町村制施行により、長狭郡の天面村、西山村、岡波太村、浜波太村と朝夷郡の吉浦村、太夫崎村が合併し、長狭郡太海村が発足しました。郡を跨いでの合併となった背景には、吉浦村と太夫崎村が東江見村、西江見村と山で隔てられていたこと、太夫崎村と天面村の間で人家が隣接していたこと、そしてそれぞれの境界が複雑に入り組んでいたことが挙げられます。

「太海」という村名は、合併の際に新たに名付けられました。「町村分合資料」によると、「太平海」（太平洋）に面していることと、「海産ノ豊太」（海産物の豊かさ）を願って命名されたとされています。

1924年（大正13年）には、北条線（現在の内房線）の江見駅と太海駅が開業しました。1955年（昭和30年）には、江見町と曽呂村と合併し、新たに江見町の一部となりました。これにより、かつて郡を跨いで合併した吉浦と太夫崎は、再び江見と同じ自治体に属することになりました。その後、この地域は1971年（昭和46年）に鴨川市の一部となりました。

行政区画・自治体沿革

1889年（明治22年）4月1日 - 町村制の施行により、天面村、西山村、岡波太村、浜波太村、吉浦村、太夫崎村が合併し、長狭郡太海村が発足。
1897年（明治30年）4月1日 - 長狭郡が安房郡に編入。
1955年（昭和30年）3月31日 - 江見町、曽呂村と合併し、改めて江見町を新設。同日、太海村廃止。

経済

1888年（明治21年）の「町村分合資料」には、住民が主に漁業と農業で生計を立てていたと記録されています。1926年（大正15年）の『安房郡誌』によると、村の主な産業は水産業であり、次いで農業が盛んであったとされています。「漁業は本村の生命なりと謂ふべし」と記されており、漁業が村の経済において重要な役割を担っていたことがわかります。

江戸時代末期には、房総地域でアワビの潜水漁が盛んに行われていました。浜波太村では、近隣の住民だけでなく、遠く伊豆国賀茂郡からも潜水漁師（海士）を雇っていた記録が残っています。

教育

太海小学校

太海小学校は、1874年（明治7年）に設立された天面小学校と波太小学校をルーツとしています。1889年（明治22年）に太海尋常小学校となり、当初は旧天面小学校を本校、旧波太小学校を分教場としていました。1907（明治40年）に天面の新たな敷地に移転し、その後長く地域の教育を担ってきました。鴨川市の一部となってからは鴨川市立太海小学校という名称でしたが、2015年3月に閉校しました。

交通

鉄道

国鉄（現JR東日本）
内房線：太海駅

道路

国道128号

名所・旧跡・祭事

仁右衛門島（浜波太）
太夫崎洞（太夫崎）

文化

波太海岸と洋画

波太海岸は、多くの洋画家が風景画を描いた場所として知られています。1888年（明治21年）に浅井忠が鉛筆スケッチ「房州波太村」を描いたことがきっかけとなり、波太海岸は写生の名所として広く知られるようになりました。

2017年現在も太海で旅館を経営する江澤館は、もともと船大工でしたが、明治末期から画家を宿泊させるようになり、1913年（大正2年）に旅館に転業しました。房総で鉄道が開通し交通の便が良くなったことや、浅井の系譜を継ぐ太平洋画会（石川寅治、中川八郎など）が写生場所として選んだことも、写生の名所としての地位を確立する上で重要な役割を果たしました。この地で描かれた作品には、以下のようなものがあります。

浅井忠『房州波太村』
安井曽太郎『外房風景』
櫻田精一『太海』
林倭衛『太海』
小堀進『真夏の海（太海）』
曾宮一念『波太漁家』

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