太田川基町護岸

太田川 基町護岸

太田川基町護岸は、広島県広島市を流れる一級河川、太田川水系の旧太田川（通称：本川）に整備された親水護岸です。1983年（昭和58年）の太田川環境護岸整備事業によって誕生しました。

特徴

この護岸は、中区基町にある広島市中央公園の西側に隣接しています。特徴的なのは、玉石を使用し、法面を緩やかな曲線で構成している点です。また、護岸から内陸側には、緩やかな勾配の芝生広場が広がっています。このデザインは、河川改修工事において環境への配慮を重視した、日本における先駆的な事例として、しばしば紹介されます。2003年には、その優れたデザインが評価され、土木学会デザイン賞特別賞を受賞しました。

護岸沿いの堤防道路は、「基町POP'La通り（基町ポップラ通り）」という愛称で親しまれており、市民の散策や憩いの場として利用されています。

設計の背景

太田川基町護岸の設計は、東京工業大学の中村良夫研究室（当時）によって、1976年から始まりました。このプロジェクトでは、太田川のイメージ調査、ゾーニング、構想、設計という一連の取り組みが行われました。1970年代当時、河川整備は河川区域内に限定された標準断面で行われるのが一般的でしたが、このプロジェクトでは、都市とのつながりを意識した都市施設としての河川護岸空間デザインが重視されました。この点が、戦後日本の土木分野における環境デザインの先駆的な事業と評価される理由の一つです。

広島市内を流れる太田川は、6つの河川（太田川放水路・天満川・旧太田川（本川）・元安川・京橋川・猿猴川）に分かれています。河岸には、戦災復興都市計画の一環として緑地が設けられ、良好な水辺景観が形成されていました。しかし、高潮対策として堤防の嵩上げ工事が計画されたため、河岸緑地の景観悪化が懸念されました。そこで、景観的な検討を行うとともに、市街地中心部である基町護岸の設計が行われました。

設計対象となったのは、旧太田川の三篠橋下流の天満川分流地点から空鞘橋を越えて相生橋までのおよそ1キロ区間です。1977年度に基本設計が行われ、その後、左岸についてのみ部分的に実施設計が行われ、施工されました。実施設計は、天満川から約200メートル下流の左岸（1980年度）、空鞘橋上流の左岸約300メートル（1980年度）、空鞘橋下流の左岸約200メートル（1979年度）、相生橋上流の左岸約200メートル（1982年度）と、4段階に分けて行われました。

事業者は建設省（現国土交通省）で、基本および実施設計は東工大中村研究室が担当しました。実施設計協力は広島建設コンサルタント（現ヒロコン）、施工は鴻池組が担当しました。

環境護岸整備と土木的デザインの展開

太田川基町護岸の設計において重視されたのは、方法論と実現された空間が都市にもたらす豊かさでした。中村研究室は、設計に着手するにあたり、まず広島市三角州地域の住民を対象に、広島市と太田川に対するイメージ、意識、利用に関する調査を行いました。また、現地踏査や河川改修、地誌、都市計画などの資料収集を行い、調査報告書として、太田川全体のゾーニングと構想計画を策定しました。護岸の基本設計は、全川に関する調査データを基礎として、さらに現地での詳細な調査を加えた上で策定されました。

太田川基町付近の位置づけと設計方針を決定するにあたり、市民の意識調査、現地景観調査、収集資料などから、太田川が広島を代表するシンボルであることが再認識されました。市民に広島市について自由に思い出すものを挙げてもらうと、原爆平和、川と橋、都市交通、広島カープ、海の幸と広島かき、城下町、都心地区、山と丘陵、都市の復興と発展、安芸の宮島といったものが挙げられ、太田川はこれらの要素と深く結びついていることが示されました。

また、広島市の地図を描いてもらう調査では、太田川と結びついているはずの川辺の施設、例えば広島平和記念公園や縮景園などが必ずしも結びついていないことが明らかになりました。そこで、太田川基町護岸の設計では、沿川の中央公園、広島城、基町アパートなどとの景観的な結合を図り、水面越しに見られる場所を整備することで、水の都としての広島のイメージを強化することを目指しました。

基町周辺地区は、太田川の中でも市民によく知られている場所であるため、この地区の改良は太田川全体のイメージアップにつながる重要な地区と位置づけられました。そのため、河岸のデザインは景観面を優先させる方向で整備されました。また、空鞘橋を境に上流部と下流部では、川幅や周辺の土地利用など雰囲気が異なるため、それぞれ異なるデザイン方針が採用されました。

河川の感潮部であるため、潮の満ち引きによって約3メートルの水位変化が生じます。意識調査の結果、この地区は近くの住民に身近な川として意識されておらず、水辺へも近づきにくいという評価があったため、改修時に水辺へ近づきやすくするために、堤防小段や階段などを設置し、水位の変化に対応させることを目指しました。

水辺の景観は、水際に近づきやすい、近づきやすく見えることが重要であるという理論から、堤防小段、突出した水制工、階段などを設けました。河川幅100メートルは、対岸の人が活動している様子がわかる距離であるため、対岸との一体感を持たせるように、護岸に変化やアクセントとなる石段を設け、鍵型の凹凸の石積みとし、対岸に目を向ける工夫をしました。河川の屈曲部の外側の凹部は囲まれた感じがするところ、内側の凸部は開放的な感じがするところであるため、それぞれの空間特性を強調するデザイン形態を採用しました。凹部には凹型の空間を設け、凸部もそれに合わせています。

転落防止柵は、景観面への配慮から石積みで設計するか、植栽を用いることが考慮されましたが、実際にはボックスウッドの植栽となりました。

設計では、河川は公園のようなレクリエーションのための虚構空間や、庭園のような芸術空間ではなく、実用的で自然的な独自の空間であるという認識を持ち、公園的な施設はできるだけ排除しました。ベンチなどの機能は、河原にふさわしい転石を使用しました。材料の有効利用、河川の歴史の尊重、味わいのある材料、時を経て景観価値の出る素材として、コンクリートは表面には使用せず、現護岸の花崗岩の切石を再利用するか、同じ材料を使用しました。また、水制も歴史的な存在として保存再生を図りました。

周囲は、右岸から水面越しに広島城が見えることから、広島城と中央公園の風景に調和するモチーフと、石積みと芝の緑の面を生かしました。工事や治水上影響の少ない既存樹木はなるべく残し、活用を図りました。また、近くの住民の利用や遠方の住民の利用、通勤・通学、休日のサイクリング利用、散歩と休息、水遊びなどが、空鞘橋下流で想定されました。空鞘橋上流部では、高水敷での運動や木遊びなどが想定されました。

設計時には、台風時や高潮位を想定した制約条件が整理されました。伊勢湾[[台風]]と同じ規模の台風が来て、広島湾の満潮と重なった時の高潮を想定し、計算上4.4メートルという広島湾平均潮位に余裕高0.6メートルを加え、堤防高は5メートルとしました。流量は1920トンを、同様の台風時の旧太田川の流すべき量として想定し、そのために必要な河川の横断面積を確保しました。堤防の法線や川側の肩の線は現在の河岸の線に沿ったものとし、大幅な変更はしませんでした。本川の条件を踏まえ、設計対象地区を空鞘橋の上流と右岸、左岸に大きく分け、河岸に傾斜のある左岸のデザインに重点を置いて、代替案を含めた4つの案が作成されました。

1つの案は、原則として現河岸の風景保存を設計目標とし、他の案は原則として緑地のイメージを強く打ち出し、水制工は残さず、左岸は小段のある高水敷緑地、右岸は現状の緑地に一部堤防小段を設けたものとしました。また、緑地風よりも石積みのイメージを強めたもので、どちらかといえば城郭風で水制工も保存して親水広場として利用する案や、これらの考えの中間の、緑地風と城郭風の中間で、さらに橋下流部高水敷の高さを下げて親水性のあるテラスを特徴とし、上流部は思い切った高水敷広場とした案などを用意しました。

設計時には、ディテールが重要な景観上のポイントであることから、護岸上端の処理としてコンクリート表面の石張り、護岸材料として花崗岩切石、玉石の使い方と大きさの指定、コンクリートの表面仕上げ、高水敷の土工のディテール、広島城を展望するための場所のしつらえといった留意点が示され、これらは実施設計時に詳しく検討されました。

これらの基本設計案の中から、最終的には中間の案に決定し、それをベースとした実施設計が、前述のとおり4期にわたって行われました。各期ごとに、1/300～1/600程度の平面図、1/100の断面図、それ以上の詳細図で設計施工が進められました。

その後の展開

太田川の取り組みは、他地域への広がりは実現しませんでしたが、1990年代頃から当時の建設省や土木学会の景観に関する部会が展開するシビックデザイン運動の活発化や、各種モデル事業の推進とともに、土木景観デザインの取り組みは多様な土木分野へと展開していきました。

この時期の主な事例として、熊本アートポリスによる牛深ハイヤ橋（天草市、1997年）や鮎の瀬大橋（上益城郡、1999年）といった橋梁、周辺施設と一体的な河川環境空間を実現した津和野川河川景観整備の護岸整備（1993年）、多様な主体の調整により都市の顔となる空間を創出することを目指した皇居周辺道路緑地整備事業（内堀通り他、1995年）や、門司港レトロ事業（1993年）などが挙げられます。

空鞘橋上流の護岸には、背の高いポプラの木が中村の指示で切られずに残され、その後、たびたび植樹されています。空鞘橋下流の護岸には、練石積みの水制工が設計に取り入れられ、突出部が設けられています。

1995年には、原爆ドーム前の親水テラスが完成し、灯籠流しなどに活用されています。その光景は、全世界に川の風景が映し出されます。河岸にある緑地では、公共空間活用型のオープンカフェが展開されています。

まとめ

太田川基町護岸は、単なる治水施設ではなく、都市景観の一部として、市民に親しまれる空間としてデザインされました。その設計思想は、今日の土木デザインにも大きな影響を与えています。

脚注

[1] 中村良夫, 北村眞一、「河川景観の研究および設計」『土木学会論文集』 1988年 1988巻 399号 p.13-26, doi:10.2208/jscej.1988.399_13
[2] 山口勝・北村真一、「河川における活動と空間の関連性の分析」『土木計画学研究・論文集』 1988年 6巻 p.113-120, doi:10.2208/journalip.6.113
[3] 山本雅史、「都市河川としての太田川の環境整備 : 「河川環境の利用と管理」 : 1993年度秋季学術大会シンポジウム」『地理科学』 1994年 49巻 3号 p.152-157, doi:10.20630/chirikagaku.49.3_152
[4] 模範事例集【河川編】 (PDF) 国土技術政策総合研究所研究資料
[5] 平成 16 年度北海道支部大会記録基調講演「景観デザインの最前線」 (PDF) 中村良夫（東京工業大学名誉教授）
[6] 行動する技術者たち　－行動と思考の軌跡－ Vol15 デザインを生んだ。市民が育てた　土木学会誌Vol 92　No.11　2007年11月号

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