子供部屋 (エルガー)

エドワード・エルガーによる管弦楽のための組曲『子供部屋』（Nursery Suite）は、作曲家が人生の円熟期を迎えてから生まれた作品群の一つです。この作品は、彼がかつて書き留めた幼い頃の音楽的なアイデアが詰まったスケッチブックを素材としており、同時期に作られた『子供の魔法の杖』とも共通する発想源を持っています。

本作の誕生には、ある偶然の出来事が関わっています。1930年、エルガーはレコード会社グラモフォンのウィリアム・ロードン・ストリートンとの会話の中で、子供の頃の音楽的なひらめきを記した箱を見つけたと語りました。これを聞いたストリートンは、国王の音楽師範というエルガーの立場を踏まえ、このスケッチを元に生まれたばかりのマーガレット王女に捧げる作品の制作を提案しました。この提案から生まれた組曲は、完成後、マーガレット王女だけでなく、その姉であるエリザベス王女（後のエリザベス2世）と、彼女たちの母であるヨーク公爵夫人エリザベス妃（後のエリザベス皇太后）に献呈されました。

楽曲の全体的な雰囲気は、『子供の魔法の杖』にも通じる明るく軽やかな性質が支配的です。しかし、全ての楽章がそうであるわけではありません。特に第5曲「The Waggon (Passes)」（荷馬車が通る）には、異質な性格を見出す批評家もいます。エルガー研究の第一人者である音楽評論家のマイケル・ケネディは、この楽章で荷馬車が近づくにつれて音楽が不穏な気配を帯び、まるでエルガー自身が語ったように「車輪が私の頭を轢く」ような瞬間があると指摘しています。この楽章の形式は、後に作曲家アンソニー・ペインがエルガーの未完の交響曲第3番を補筆する際に参考にされたことでも知られています。

『子供部屋』組曲は、その初演の方法においても特徴的です。演奏会場ではなく、レコーディング・スタジオで最初に披露された初期の管弦楽曲の一つなのです。1931年5月23日に行われた録音セッションでは、エルガー自身の指揮により、全7楽章のうち最初の5楽章が録音されました。組曲全曲の公開演奏は、同年6月4日に行われました。この時の聴衆の中には、当時4歳のエリザベス王女やその両親も含まれており、この演奏会のために最後の2楽章が追加されたと言われています。

発表当時の評価として、『グラモフォン』誌のW.R.アンダーソンは批評を寄せています。彼は特に、印象的なヴァイオリンのカデンツァを含む最終楽章を高く評価しました。この楽章についてアンダーソンは、「記憶をほのめかしている」が、「音楽中でも最大限にほのめかされるものの、はっきりと述べられはしない」と述べています。これは、記憶が傷つけるからではなく、若さというものが記憶をそのようにしか捉えられないからだとしています。さらにアンダーソンは、「古い炎」や、「『子供の魔法の杖』にはない新鮮さ」に言及し、エルガーの「心と精神のありのままの偉大さ」が作品全体、そしてその生涯を通して特徴づけられていると称賛しました。

この組曲は、後にバレエ作品としても生まれ変わりました。最初のバレエ化は、1932年3月19日にサドラーズウェルズ劇場で初演されました。振付はニネット・ド・ヴァロア、舞台装置と衣装はナンシー・アレンが手掛け、ヴィック・ウェルズ・バレエ団（現在のロイヤル・バレエ団の前身）によって上演されました。この時の出演者には、アントン・ドーリン、アリシア・マルコワ、ジョイ・ニュートンといった著名なダンサーたちが名を連ねています。

さらに時を経て、振付家のフレデリック・アシュトンは、1986年のエリザベス女王60歳の誕生日を記念するガラ公演のために、『子供部屋』組曲を用いた新しいバレエ作品を制作しました。この作品は、彼にとって最後の創作活動となりました。

組曲は以下の7つの楽章とコーダで構成されており、全曲を通して約25分程度の演奏時間となります。

1. Aubade (Awake) （朝の歌／目覚め）
2. The Serious Doll （まじめな人形）
3. Busy-ness （いそがしいこと）
4. The Sad Doll （かなしい人形）
5. The Waggon (Passes) （荷馬車が通る）
6. The Merry Doll （楽しい人形）
7. Dreaming – Envoy (Coda) （夢／終曲）

『子供部屋』は、エルガー晩年の創作意欲を示すだけでなく、英国王室との繋がりや、レコーディング文化の黎明期における新しい発表形態、そしてバレエ音楽としての可能性といった、様々な側面を持つ興味深い作品と言えるでしょう。

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