宇治長次郎

宇治 長次郎

宇治 長次郎（うじ ちょうじろう、1872年2月1日 - 1945年10月30日）は、明治時代から昭和初期にかけて日本の近代登山において重要な役割を担った、富山県出身の山案内人です。

黎明期の山を駆ける

現在の富山市にあたる、富山県上新川郡大山村で生を受けた長次郎は、幼少の頃から山に親しみ、森林伐採などの仕事を通じて厳しい自然の中で生きる術を身につけました。この経験が、後の山案内人としての基礎を築きました。

日本に近代的な登山が導入され始めた黎明期、長次郎は北アルプスを主な活動の舞台としました。当時の山々はまだ未開の地が多く、正確な地図やルートはほとんど存在しませんでした。彼はその卓越した山の知識、地形を読む鋭い感覚、そして困難を乗り越える強靭な体力をもって、多くの探検家や研究者、登山家たちの山行を支えました。

測量事業への貢献

長次郎の功績の中でも特筆すべきは、日本の国土を知るための測量事業への貢献です。1904年（明治37年）には、農商務省山林局による越中・信州、越中・飛騨の境界査定測量に案内人として従事しました。この時、彼は三俣蓮華岳、鷲羽岳、水晶岳、雲ノ平、祖父岳、赤牛岳、寺地山、黒部五郎岳といった、後に北アルプスの主要な山々やルートとなる場所を巡り、測量隊の作業を陰で支えました。

劔岳と長次郎谷

彼の名前が最も広く知られるきっかけとなったのは、1907年（明治40年）に行われた参謀本部陸地測量部による劔岳の測量です。これは、当時の日本において「未踏峰」とされ、登頂不可能と考えられていた劔岳への挑戦を伴う、非常に困難なプロジェクトでした。

長次郎は、地元の山を知り尽くした案内人として、この測量隊に協力しました。危険極まりない岩と雪の世界で、彼は測量隊の安全確保やルート工作に貢献し、その成功を導く上で不可欠な存在となりました。特に、測量隊が登攀ルートとして利用した劔岳東面の雪渓は、彼の功績を称え、「長次郎谷（ちょうじろうたん）」あるいは「長次郎雪渓」と名付けられました。この名は現在も受け継がれ、劔岳に挑む多くの登山家にとって馴染み深い場所となっています。

この劔岳測量の様子は、新田次郎の小説『劒岳 点の記』に詳しく描かれており、長次郎は礼儀正しく謙虚でありながら、山の危険を察知する鋭い「カン」を持つ、信頼できる案内人として登場します。

著名登山家たちとの交流

長次郎は測量隊だけでなく、日本の近代登山を牽引した多くの著名な登山家たちの案内も務めました。1909年には、劔岳登頂を目指した画家・石崎光瑤らの成功をサポート。また、昭和の初めにかけては、日本山岳会の重鎮である冠松次郎、木暮理太郎、田部重治といった面々を度々案内しました。

例えば、1917年（大正6年）には宇治岩次郎と共に木暮理太郎や田部重治らを案内し、後立山連峰を小川温泉方面から白馬岳へと縦走。1920年（大正9年）には冠松次郎の案内として、黒部川の下ノ廊下という難所を遡行しています。1919年（大正8年）の木暮理太郎、中村清太郎との黒部峡谷遡行計画では、他の案内人との間で相性の問題が生じ、予定していたルートを短縮して雄山へ抜けることになったという、人間味あふれるエピソードも残されています。

後世への影響

宇治長次郎は、自身の卓越した山の能力と誠実な人柄をもって、近代日本の山岳地帯の測量や探検、そして初期のアルピニズムの発展に大きく貢献しました。彼の活動は、現在の登山ルートの開拓や、日本の山の地理情報の整備に不可欠なものでした。富山県富山市の立山山麓家族旅行村には、その功績を称える立像が建立されています。

宇治長次郎は、単なる案内人ではなく、日本の近代登山史において語り継がれるべき偉大なパイオニアの一人と言えるでしょう。彼の名前を冠した長次郎谷は、今も多くの登山家たちを惹きつけ、彼の勇気と知恵、そして山への深い敬意を伝えています。

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