宗十郎頭巾

江戸時代、特に武家社会の男性たちが用いた特別な頭巾に「宗十郎頭巾」（そうじゅうろう ずきん）があります。これは単なる被り物としてだけでなく、文化的な象徴としての意味合いも持ち合わせていました。

その名称は、歌舞伎役者・初代澤村宗十郎に由来します。寛政8年（1736年）、江戸桐座で初演された初代並木五瓶作の演目『隅田春妓女容性』、通称「梅の由兵衛」において、主役の侠客・梅の由兵衛を演じた初代澤村宗十郎が、男伊達の雰囲気を演出するために考案し着用した頭巾が始まりとされています。当初は「茶の錣頭巾」などと呼ばれていましたが、演目の大ヒットと宗十郎家のお家芸化により、この主人公のトレードマークである頭巾が「宗十郎」の名と共に定着し、「宗十郎頭巾」と呼ばれるようになりました。

宗十郎頭巾の形状は、頭部を一枚の布で覆う宗匠頭巾に似ていますが、最大の特徴は額の上に付けられた大きな菱形の飾り布、「錣」（しころ）です。この錣が独特のシルエットを生み出します。また、口元から顎を覆う横布は、顎の下に引き下げて顔を露出させることも可能な構造でした。色は、黒、茶、紺といった地味な系統が一般的でした。

この頭巾は、主に武家の落ち着いた年配の男性が、身分を隠して外出する「微行」の際に着用されました。幕末の志士、坂本龍馬が文久元年（1861年）に平井加尾に宛てた書簡で、脱藩後の男装・勤王活動用に用意するよう指示している例からも、微行や変装に適したアイテムであったことがうかがえます。

宗十郎頭巾は歌舞伎の世界でも著名です。『梅の由兵衛』の他、『青砥稿花紅彩画』（白浪五人男）の日本駄右衛門や、『三人吉三巴白浪』（三人吉三）のお坊吉三が着用する頭巾としても知られ、これらの演目を通じてその存在が広く認識されていました。

宗十郎頭巾の名を一般家庭に広めたのは、大佛次郎の小説『鞍馬天狗』シリーズでしょう。昭和10年（1935年）の小説、そして翌年大ヒットした映画『御存知鞍馬天狗 宗十郎頭巾』により、鞍馬天狗のトレードマークとして強烈なイメージが定着しました。鞍馬天狗がこの頭巾を着用するのは、微行のためというより、正体を隠して正義の味方として活躍するためという設定でした。シリーズが子供たちの間で絶大な人気を得るにつれ、「宗十郎頭巾で顔を隠したヒーロー」という構図が確立し、子供たちの憧れの的となっていったのです。

当時、子供たちが鞍馬天狗に扮してチャンバラ遊びをする際、宗十郎頭巾を身近な風呂敷で真似ようとしましたが、最も難しかったのが特徴的な「錣」でした。錣は本体とは別に縫い付けられているため、一枚の風呂敷で再現するのは困難で、泥棒の頬被りのようになってしまいがちでした。この模倣の難しさ、独特な形状がかえって子供たちの宗十郎頭巾への憧れを募らせたのです。

宗十郎頭巾という名称自体は俗称として定着したものですが、鞍馬天狗のイメージから「鞍馬天狗頭巾」、また形状から「イカ頭巾」と呼ばれることもあります。このように、宗十郎頭巾は時代と共に様々な意味合いを帯びながら、日本の文化史に刻まれています。

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