小島政二郎

小島政二郎：文壇の巨匠、百年の軌跡

小島政二郎（1894-1994）は、明治から平成にかけて活躍した稀代の文豪である。小説家、随筆家、そして俳人としての顔を持ち、多岐にわたる分野で卓越した才能を発揮した。その生涯は、激動の時代を生き抜き、文壇の中枢で活躍する一方、独自の視点と鋭い批評精神で時代の矛盾を鋭くえぐり出した、波乱に満ちたものであった。

華麗なる文壇デビューと人気作家への道

東京に生まれた小島は、呉服商の家に育つ。慶應義塾大学文学科在学中には、『三田文学』で作品を発表し始め、西洋美術史家の澤木四方吉から指導を受ける。1916年には、先輩作家の文章批評である『オオソグラフィ』を発表し、森鷗外から認められるなど、早くからその才能を周囲に認められていた。卒業後は児童雑誌『赤い鳥』の編集に携わり、1919年には慶應義塾大学講師に就任、後に教授に昇格した。

文壇への本格的な進出は、1922年の短編『一枚看板』で幕を開けた。講釈師・五代目神田伯龍を題材としたこの作品は、彼の文壇における地位を確固たるものにした。1927年には『緑の騎士』が大衆的な人気を博し、以降『花咲く樹』『人妻椿』『新妻鏡』など数々のヒット作を世に送り出し、映画化される作品も多く、戦前から戦後にかけて一世を風靡した。1934年には直木賞・芥川賞の選考委員に就任し、朝鮮藝術賞審査員を務めるなど、文壇の中心人物として活躍した。

戦時下の苦境と戦後の活躍

戦時中は、作風から不遇の時代を過ごすものの、国文学への造詣の深さを生かし、『わが古典鑑賞』『眼中の人』といった作品を発表。前者は批評家としての鋭い視点、後者は大正文壇史の貴重な資料として高く評価された。戦後も精力的に執筆活動を続け、1946年には『三百六十五夜』を発表し、旧作の映画化も相次ぎ、その人気は衰えることを知らず、1951年から1968年にかけて雑誌「あまカラ」で連載された食味随筆『食いしん坊』は、大きな反響を呼び、自身も「今まで誰からも褒められた作品は、この『食いしん坊』と『わが古典鑑賞』ぐらいだ」と語っているほどであった。

晩年の鋭い批評精神と物議を醸す発言

1950年代以降は、小島の発言や記述が文壇で物議を醸し、時に軋轢を生むこともあった。長く務めた直木賞選考委員も事実上解任され、盟友であった佐佐木茂索とも疎遠になった。しかし、70歳を超えてもなお、『鴎外荷風万太郎』で久保田万太郎を痛烈に批判したり、『聖体拝受』で谷崎潤一郎の『痴人の愛』の秘話を暴露するなど、その筆力は衰えるどころか、むしろ増していくばかりであった。

1972年には『小説・永井荷風』を執筆するも、永井荷風の遺族から出版許可が下りずお蔵入りとなった。しかし、2007年にようやく出版されると、川本三郎、丸谷才一、鹿島茂らから絶賛され、小島政二郎再評価の機運が高まった。

百歳の生涯とその後

100歳という長寿を全うし、晩年も創作意欲を失うことなく執筆活動を続けた小島であったが、1983年に大腿部を骨折。リハビリに耐えかね、また夫人の事情から自宅での介護が困難と判断した本人の意思で、亡くなるまで病院で過ごすこととなった。90歳を超えた頃から意識が混濁し始め、執筆活動からは遠ざかった。

小島政二郎の生涯は、文壇を駆け抜けた巨匠の生き様であり、その作品群は今もなお、多くの読者を引きつけてやまない。彼の作品を通して、激動の時代を生きた一人の文人の生き様と、その鋭い視点、そして豊かな感性に触れることができるだろう。そして、久世光彦の『蕭々館日録』は、『眼中の人』を中心に小島作品で描かれた菊池寛、小島、芥川龍之介の関係を題材にした作品である。

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