八瀬童子

八瀬童子（やせどうじ）とは

八瀬童子とは、現在の京都市左京区八瀬に居住し、比叡山延暦寺の雑役や駕輿丁（かよちょう：輿を担ぐ役）を担ってきた人々のことです。室町時代以降は、天皇の臨時の駕輿丁も務めるようになりました。その起源は伝説によると、最澄（伝教大師）が使役した鬼（酒呑童子）の子孫とされています。

八瀬童子の特徴

寺役に従事する者は、髪を結わず長く垂らした大童のような髪型をし、履物も草履を履くなど、子供のような姿をしていました。これが「童子」と呼ばれる所以です。

明治時代初期からは、葵祭にも参加するようになり、時代行列「路頭の儀」で隊列を整えるなど、輿丁の装束で天皇に奉仕した往時の姿を今に伝えています。

昭和3年（1928年）には、八瀬童子の伝統を守るため、関係者によって社団法人八瀬童子会が組織されました。2023年時点で約110世帯が所属し、資料の収集・保全が進められています。平成22年（2010年）には、同会が所有する741点もの資料（文書・記録類650点、装束類91点）が重要文化財に指定されました。

歴史

起源と役割

八瀬の地名の由来は、弘文天皇元年（672年）の壬申の乱の際、背中に矢を受けた大海人皇子がこの地に窯風呂を作り傷を癒したことがきっかけとされています。当初は「矢背」または「癒背」と呼ばれていましたが、転じて「八瀬」となりました。中世以降は、公家の湯治場として知られるようになります。

八瀬童子は、比叡山諸寺の雑役や天台[[座主]]の輿を担ぐ役割を担っていました。また、参詣者から謝礼を受け取り、登山を手伝うこともありました。記録に残る最古の座として、寛治6年（1092年）には、比叡山の末寺であった青蓮院を本所とする八瀬里座が結成されています。

南北朝時代から近世へ

延元元年（1336年）には、京を脱出した後醍醐天皇が比叡山に逃れる際、八瀬郷の13戸の戸主が輿を担ぎ、弓矢で護衛しました。この功績により、地租課役の永代免除の綸旨を受け、選ばれた者が輿丁として朝廷に出仕し、天皇や上皇の行幸、葬送の際に輿を担ぐことを主な仕事としました。

延暦寺との境界争い

八瀬郷は、比叡山の寺領への入会権を持ち、洛中での薪炭や木工品の販売で特権を認められていました。永禄12年（1569年）、織田信長は八瀬郷の特権を保護する安堵状を与え、慶長8年（1603年）には、江戸幕府成立に際し、後陽成天皇が八瀬郷の特権を旧来どおりとする綸旨を下しました。

しかし、延暦寺と八瀬郷は、寺領と村地の境界をめぐってしばしば争いました。公弁[[法親王]]が天台[[座主]]に就任すると、その政治力を背景に幕府に八瀬郷の入会権の廃止を認めさせました。八瀬郷は再三にわたり復活を願い出ましたが、宝永4年（1707年）になってようやく老中秋元喬知が裁定を下し、延暦寺の寺領を他に移し、旧寺領・村地を禁裏領に付け替えることで、朝廷の裁量によって八瀬郷の入会権を保護するという方法で解決しました。八瀬郷はこの恩に報いるため、秋元を祭神とする秋元神社を建立し、徳をたたえる祭礼を行いました。この祭礼は「赦免地踊」と呼ばれる踊りの奉納を中心とするもので、現在も毎年10月の第2日曜日に続いています。

天皇の葬送と八瀬童子

八瀬童子は、猪瀬直樹の著書『天皇の影法師』で紹介されて以来、歴代天皇の棺を担ぐ者として有名になりました。しかし、実際には後醍醐天皇以降の全ての天皇の棺を担いだわけではなく、特に近世においては長く断絶した期間もありました。

明治元年（1868年）10月13日、明治天皇が初めて江戸に行幸した際に、八瀬童子約100名が参列しました。そのうち10名ほどは東京に残り、仕事をしました。後から参加した植田増治郎という老人の証言によると、駕籠を担ぐだけでなく、風呂を沸かす仕事や天皇の厠の処理も行っていたといいます。八瀬村に課せられた地租税は宮内省が支払っていました。明治天皇の母親である英照皇太后の葬儀の際には、74名が東京に赴き、青山御所から青山坂の停留所、汽車に乗り京都駅から大宮御所まで葬送に参加しました。

大正元年（1912年）、明治天皇の葬送にあたり、喪宮から葬礼場まで棺を陸軍と海軍どちらの儀仗兵によって担がせるかをめぐって紛糾した際、その調停案として、八瀬童子が葱華輦（天皇の棺を載せた輿）の輿丁とする慣習が復活しました。この際、明治天皇の葬儀では東京と京都、大正天皇の葬儀では東京、昭憲皇太后（1914年）の葬儀では東京と京都で、八瀬童子が葬儀に参加しました。明治維新後、地租免除の特権は失われていましたが、地租相当額の恩賜金が毎年支給されることで旧例が踏襲されました。

平成元年（1989年）、昭和天皇の葬送では、棺は自動車（轜車）によって運ばれることとなり、葱華輦は式場内の移送にのみ用いられることとなりました。八瀬童子会は旧例通り八瀬童子に輿丁を任せるよう宮内庁に要請しましたが、警備上の理由から却下され、輿丁には50名の皇宮護衛官が古式の装束を着てあたることとなりました。八瀬童子会からは6名の代表者がオブザーバーとして参加しました。

関連文化財

八瀬童子関係資料として、文書・記録類650点と装束類91点の合計741点が、2010年に重要文化財に指定されています。これらの資料群は、鎌倉時代から昭和戦前期までの各時代のものを含み、特に後醍醐天皇や後柏原天皇の綸旨など、公武の課役免除に関わる文書が特徴的です。明治天皇・昭憲皇太后の大喪、大正天皇の大礼および大喪、昭和天皇の大礼に関わる記録類も含まれています。

また、延暦寺馬上一衆関係の文書群も存在します。馬上一衆とは、延暦寺の衆徒の組織で、日吉神人から馬上役（賦課）を徴収する権限を持っていました。馬上一衆関係文書が八瀬に伝来した理由は不明です。装束類は、近代の天皇大礼・大喪の際に使用されたものです。

参考文献

猪瀬直樹『天皇の影法師』朝日新聞社 1983年 ISBN 978-4-02-255068-2
尾佐竹猛『明治の行幸』東興社 1944年3月

八瀬童子が登場するフィクション

隆慶一郎『花と火の帝』講談社文庫
南原幹雄『天皇家の忍者』東洋経済新報社/新潮文庫
林トモアキ『レイセン File2:アタックフォース』角川スニーカー文庫
あざの耕平『東京レイヴンズ』富士見ファンタジア文庫
京騒戯画

関連項目

輿
大喪の礼（大喪儀）
東則正

もう一度検索