小笠原長重:剣と政治の華麗なる生涯
小笠原長重は、
江戸時代前期から中期にかけて活躍した、稀代の
旗本にして
譜代大名、そして
老中でした。
三河吉田藩の藩主、そして武蔵
岩槻藩の初代藩主として、幕府政治の中枢で重要な役割を果たした人物です。その生涯は、
剣術の腕前と政治手腕、そして時代の波乱を反映した、ドラマチックなものでした。
長重は
慶安3年(
1650年)、
三河吉田藩の第2代藩主・小笠原長矩の次男として
江戸で誕生しました。幼少期から優れた才能を示し、
寛文4年(
1664年)には4代将軍・
徳川家綱に謁見。以降、幕臣として着実にキャリアを積んでいきます。中奥
小姓、御側
小姓を経て、
従五位下佐渡守に叙任。
延宝8年(
1680年)に家綱が亡くなると一時的に職を離れますが、すぐに御書院番の番頭として復帰。着実に地位を上げていきました。
転機が訪れたのは
貞享2年(
1685年)。兄・長祐の子、長千代が夭折し、長祐自身も病弱であったことから、長重は急遽養子として吉田藩を継ぐことになります。そして
元禄3年(
1690年)、兄の長祐が亡くなると、正式に
三河吉田藩4万5000石の第4代藩主を相続しました。
藩主となった長重は、幕府内でも重要な役職を歴任します。奏者番兼寺社奉行、そして
元禄4年(
1691年)には
京都所司代に就任。この頃には
従四位下
侍従の官位にも叙せられています。
京都所司代在任中は、5代将軍・
徳川綱吉から多大な恩寵を受けました。天皇への拝謁を果たし、天盃を賜る栄誉にも浴しています。
元禄10年(
1697年)には、
老中の地位にまで上り詰め、同時に武蔵岩槻へ1万石加増転封という栄転を遂げました。
長重の政治手腕は、
赤穂事件にも影を落としています。
元禄15年(
1702年)12月14日、赤穂浪士による討ち入り前日に行われた吉良家茶会に、主賓として出席していたのです。
宝永2年(
1705年)には、6代将軍・徳川家宣に従い、
江戸城西の丸に転じ、さらに1万石を加増され、知行高は6万石にまで膨れ上がりました。
宝永6年(
1709年)に眼病のため職を辞し、
宝永7年(
1710年)には隠居。家督を嫡男の長煕に譲りました。しかし、隠居後もその経験と知識は高く評価され、8代将軍・
徳川吉宗からは、隠居
老中として登城を許され、御用部屋(
老中の執務室)に出入りする機会を与えられました。
長重は、政治家としての活躍のみならず、
剣術の達人としても知られていました。若い頃から
新陰流や
小野派一刀流を学び、その剣風は「手強風」と恐れられたと言われています。家宣政権下では、綱吉時代に廃止されていた
新陰流と一刀流の年始の稽古はじめの儀式や、御前での演武などの復活にも尽力しました。晩年には
無外流にも入門するなど、生涯を通じて武芸の研鑽を続けました。
享保17年(
1732年)、83歳で
江戸で生涯を閉じました。その功績は、
豊橋市の臨済寺に建立された廟に今も語り継がれています。小笠原長重の生涯は、剣と政治の両面で卓越した才能を発揮した、稀代の武士の物語として、後世に語り継がれるにふさわしいものです。