尾崎翠
尾崎翠は、1896年（明治29年）12月20日、現在の鳥取県岩美町にあたる岩井村に生まれ、1971年（昭和46年）7月8日に74歳でその生涯を終えた小説家です。作家として活動した期間は比較的短かったものの、その作品は時を経てもなお新鮮さを失わず、近年、再評価の動きが活発になっています。
鳥取で教員を父に、西法寺住職の三女を母に持つ家庭に、7人きょうだいの長女として誕生しました。まもなく鳥取市へ移り住み、幼少期から学業において特に理数系、国語、英語、音楽で優れた才能を示しました。高等女学校へ進学した矢先の1909年（明治42年）12月、父が突然の事故で亡くなったため、一家は借家へと移ることになります。この頃から文芸誌を読み始め、詩歌の発表を開始しました。高等女学校を卒業後、補習科を経て、1914年（大正3年）に小学校の代用教員となります。同時期に「文章世界」への投稿を始め、短歌や散文が掲載され、特に散文『朝』が入選を果たしたことで、当時の吉屋信子らと共に注目される若手作家として浮上しました。
文筆活動への思いを深めた翠は、1917年（大正6年）に教員を辞して上京します。東京帝国大学で学んでいた兄を頼り、少女雑誌に少女小説を発表し始めました。1919年（大正8年）には日本女子大学国文科に入学し、生涯の友となる松下文子と出会います。しかし、翌年、「新潮」に創作『無風帯から』を発表したことが大学に問題視され、退学を余儀なくされました。この退学には松下文子も同情し、共に大学を去っています。帰郷後も「新潮」に作品を発表しましたが、再び上京しても生活は安定せず、出版社勤務も長く続きませんでした。鳥取と東京を往復する生活の中で、頭痛に悩まされ、鎮痛剤を常用するようになっていきました。1927年（昭和2年）には、結核を患った親友の松下文子を見舞い、共に暮らすようになります。この頃、まだ無名だった林芙美子との交流も始まりました。
作家として作品発表の場は徐々に広がっていきました。「女人芸術」に戯曲『アップルパイの午後』や映画評を掲載し、そして後に代表作となる『第七官界彷徨』の執筆が始まったと考えられています。1930年（昭和5年）には高橋丈雄との交際が深まり、彼らが企画する新雑誌「文学党員」のために『第七官界彷徨』を執筆することになります。この作品は翌年、「文学党員」に掲載された後、「新興芸術研究」にも全篇が掲載され、板垣鷹穂らによって高く評価されました。また、他の雑誌にも短編を発表し、『こほろぎ嬢』は太宰治が高橋丈雄を通じて関心を示したほどです。作家としての中村地平や井伏鱒二といった同業者との交流も生まれましたが、この頃から常用していた薬の影響で心身に変調をきたし、幻覚症状に苦しむようになります。病状が深刻化したため、1932年（昭和7年）秋には、兄によってほぼ強制的に鳥取へ連れ戻されることになりました。
帰郷後の1933年（昭和8年）7月、『第七官界彷徨』が単行本として出版されました。この作品は、当時新進の評論家であった花田清輝や平野謙らに強い衝撃を与え、その斬新な表現が評価されます。鳥取でも出版記念会が開かれ、健康を取り戻した翠も出席しました。しかし、この帰郷を境に、東京での活発な文学活動からは事実上身を引き、表立った創作発表からは離れていきます。
帰郷後の沈黙期には、地元の新聞にエッセイを寄せたり、文芸サークルに参加することはありましたが、1941年（昭和16年）以降、作品の発表は途絶えました。この間、母の介護や看取り、甥や姪の養育にあたり、戦争や鳥取地震といった困難を経験しました。地震で自宅も被災し、バラックでの生活も強いられています。1947年（昭和22年）には親友の松下文子が鳥取を訪れ、久しぶりに語り合う中で創作再開への意欲を示したと言われています。晩年は読書を愛好し、寺田寅彦や獅子文六、北杜夫などの作品を親族に頼んで取り寄せてもらうこともありました。
没する前の1958年（昭和33年）、巖谷大四が朝日新聞に寄せた文章で、翠の文学手法の先駆性を指摘したことから、少しずつ再評価の機運が高まります。地元NHKからの取材依頼などは固辞したものの、1969年（昭和44年）には花田清輝や平野謙の推薦により、「全集・現代文学の発見」に『第七官界彷徨』が収録されるに至りました。そして1971年（昭和46年）、作品集刊行の話が進む中で体調を崩し、肺炎を併発して静かに息を引き取りました。戒名は翠作院釈浄慧大姉。鳥取市の養源寺に葬られました。没後間もなく、作品集『アップルパイの午後』が刊行されます。
没後も尾崎翠への関心は途絶えませんでした。1979年（昭和54年）と1998年（平成10年）には全集が刊行され、1974年（昭和49年）には尾崎をモデルにした戯曲が上演されるなど、人物像にも注目が集まります。特に1990年代以降、アンソロジー収録や伝記エッセイの刊行、そして1999年（平成11年）には映画『第七官界彷徨〜尾崎翠を探して〜』が製作されたことにより、その読者層は大きく広がりました。2001年（平成13年）からはゆかりの地である鳥取市で「尾崎翠フォーラム」が定期開催されるなど、研究活動も活発に行われています。未発表だった映画脚本が小説化されるなど、没後も新たな形で作品が生まれ、その独特で先駆的な文学世界は、今なお多くの人々を魅了し続けています。
鳥取で教員を父に、西法寺住職の三女を母に持つ家庭に、7人きょうだいの長女として誕生しました。まもなく鳥取市へ移り住み、幼少期から学業において特に理数系、国語、英語、音楽で優れた才能を示しました。高等女学校へ進学した矢先の1909年（明治42年）12月、父が突然の事故で亡くなったため、一家は借家へと移ることになります。この頃から文芸誌を読み始め、詩歌の発表を開始しました。高等女学校を卒業後、補習科を経て、1914年（大正3年）に小学校の代用教員となります。同時期に「文章世界」への投稿を始め、短歌や散文が掲載され、特に散文『朝』が入選を果たしたことで、当時の吉屋信子らと共に注目される若手作家として浮上しました。
文筆活動への思いを深めた翠は、1917年（大正6年）に教員を辞して上京します。東京帝国大学で学んでいた兄を頼り、少女雑誌に少女小説を発表し始めました。1919年（大正8年）には日本女子大学国文科に入学し、生涯の友となる松下文子と出会います。しかし、翌年、「新潮」に創作『無風帯から』を発表したことが大学に問題視され、退学を余儀なくされました。この退学には松下文子も同情し、共に大学を去っています。帰郷後も「新潮」に作品を発表しましたが、再び上京しても生活は安定せず、出版社勤務も長く続きませんでした。鳥取と東京を往復する生活の中で、頭痛に悩まされ、鎮痛剤を常用するようになっていきました。1927年（昭和2年）には、結核を患った親友の松下文子を見舞い、共に暮らすようになります。この頃、まだ無名だった林芙美子との交流も始まりました。
作家として作品発表の場は徐々に広がっていきました。「女人芸術」に戯曲『アップルパイの午後』や映画評を掲載し、そして後に代表作となる『第七官界彷徨』の執筆が始まったと考えられています。1930年（昭和5年）には高橋丈雄との交際が深まり、彼らが企画する新雑誌「文学党員」のために『第七官界彷徨』を執筆することになります。この作品は翌年、「文学党員」に掲載された後、「新興芸術研究」にも全篇が掲載され、板垣鷹穂らによって高く評価されました。また、他の雑誌にも短編を発表し、『こほろぎ嬢』は太宰治が高橋丈雄を通じて関心を示したほどです。作家としての中村地平や井伏鱒二といった同業者との交流も生まれましたが、この頃から常用していた薬の影響で心身に変調をきたし、幻覚症状に苦しむようになります。病状が深刻化したため、1932年（昭和7年）秋には、兄によってほぼ強制的に鳥取へ連れ戻されることになりました。
帰郷後の1933年（昭和8年）7月、『第七官界彷徨』が単行本として出版されました。この作品は、当時新進の評論家であった花田清輝や平野謙らに強い衝撃を与え、その斬新な表現が評価されます。鳥取でも出版記念会が開かれ、健康を取り戻した翠も出席しました。しかし、この帰郷を境に、東京での活発な文学活動からは事実上身を引き、表立った創作発表からは離れていきます。
帰郷後の沈黙期には、地元の新聞にエッセイを寄せたり、文芸サークルに参加することはありましたが、1941年（昭和16年）以降、作品の発表は途絶えました。この間、母の介護や看取り、甥や姪の養育にあたり、戦争や鳥取地震といった困難を経験しました。地震で自宅も被災し、バラックでの生活も強いられています。1947年（昭和22年）には親友の松下文子が鳥取を訪れ、久しぶりに語り合う中で創作再開への意欲を示したと言われています。晩年は読書を愛好し、寺田寅彦や獅子文六、北杜夫などの作品を親族に頼んで取り寄せてもらうこともありました。
没する前の1958年（昭和33年）、巖谷大四が朝日新聞に寄せた文章で、翠の文学手法の先駆性を指摘したことから、少しずつ再評価の機運が高まります。地元NHKからの取材依頼などは固辞したものの、1969年（昭和44年）には花田清輝や平野謙の推薦により、「全集・現代文学の発見」に『第七官界彷徨』が収録されるに至りました。そして1971年（昭和46年）、作品集刊行の話が進む中で体調を崩し、肺炎を併発して静かに息を引き取りました。戒名は翠作院釈浄慧大姉。鳥取市の養源寺に葬られました。没後間もなく、作品集『アップルパイの午後』が刊行されます。
没後も尾崎翠への関心は途絶えませんでした。1979年（昭和54年）と1998年（平成10年）には全集が刊行され、1974年（昭和49年）には尾崎をモデルにした戯曲が上演されるなど、人物像にも注目が集まります。特に1990年代以降、アンソロジー収録や伝記エッセイの刊行、そして1999年（平成11年）には映画『第七官界彷徨〜尾崎翠を探して〜』が製作されたことにより、その読者層は大きく広がりました。2001年（平成13年）からはゆかりの地である鳥取市で「尾崎翠フォーラム」が定期開催されるなど、研究活動も活発に行われています。未発表だった映画脚本が小説化されるなど、没後も新たな形で作品が生まれ、その独特で先駆的な文学世界は、今なお多くの人々を魅了し続けています。
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