女人芸術

『女人芸術』：女性解放と社会変動の奔流を映した雑誌

1928年7月から1932年6月まで、精力的に発行された女性向け総合雑誌『女人芸術』。その中心にいたのは、姉御肌で知られた作家、長谷川時雨でした。彼女は、女性に表現の場を提供し、女性の解放を促進することを目指し、自ら編集、デザイン、出版までを手掛けたこの雑誌を創刊しました。時雨の夫、三上於菟吉の資金援助も大きな支えとなりました。

創刊時のスタッフは、編集に素川絹子（元島崎藤村の書生で新潮社から引き抜かれた）、印刷に生田花世、そして発行所は時雨の自宅（当時牛込区左内町、現在の新宿区市谷左内町）に置かれた『女人藝術社』でした。その後、編集は時雨が兼任するようになり、発行所は赤坂檜町（現在の赤坂9丁目）に移転しました。

城しづか、堀江かど江、望月百合子、八木秋子など、多くの女性作家や編集者、画家などが『女人芸術』に参加しました。時雨の妹である画家、長谷川春子の知人であった熱田優子もその一人でした。毎号の赤字は、三上於菟吉が負担していました。

雑誌は菊判で150ページ前後、定価は文藝春秋と同じ40銭でした。読者からの投稿も募集し、選考の上で掲載されました。連載作品には、時雨自身の回想録『日本橋』や林芙美子の『放浪記』などがありました。さらに、名古屋、広島、神戸など各地に支部を設け、地域からの発信も盛んに行われました。時雨の人脈は広く、梨園関係者なども協力者として関わっていました。

全48号にわたる『女人芸術』には、岡田八千代、野上弥生子、神近市子、山川菊栄、三宅やす子など、当時の著名な女性作家たちの作品が掲載されました。後期には、河上肇、大塚金之助といった男性の執筆者も加わり、雑誌の幅はさらに広がっていきました。

創刊号には、山川菊栄のフェミニズムに関する評論や、平林たい子の小説など、多様な作品が掲載されていました。初期は小説や詩歌、随筆、評論などが中心でしたが、次第に政治的な色合いが強まっていきました。ソヴィエトの紹介、労働運動や農民運動に関する記事、読者の手記やルポルタージュなどが掲載されるようになり、左傾化が顕著になりました。

望月百合子や八木秋子といったアナーキスト系の作家と、中島幸子らコミュニズム系の作家との論争も掲載され、話題を呼びました。また、吉原の遊女の体験記なども掲載され、社会の様々な側面を反映した内容となっていました。1930年5月号と6月号は発売禁止処分を受けました。

昭和恐慌の真っ只中、農村の疲弊、女子工員の低賃金といった厳しい社会情勢が背景にありました。ソヴィエトを労働者の楽園とするような言論は、貧困層の共感を呼びました。しかし、その一方で『女人芸術』は「アカ」とレッテルを貼られ、当局から監視されることとなりました。講演会では警官による「弁士中止」の命令も頻繁に発せられました。

長谷川時雨自身は、政治的には中立的な立場でしたが、弱者への共感を持ち、雑誌の左傾化を黙認していました。1929年には『全女性進出行進曲』の募集を行い、多くの応募がありました。採用された松田解子の詞は、力強いメッセージが込められており、女性の自立を訴えるものでした。

1931年10月号も発禁となり、満州事変勃発という激動の時代を反映していました。翌1932年6月号をもって、『女人芸術』は突然廃刊となりました。印刷会社への支払いの滞りや、時雨の病気などが原因でした。7月号は刷り上がっていたものの、処分されたため残っていません。

『女人芸術』は、長谷川時雨の強い意志と、多くの女性たちの協力によって支えられた、時代を反映する貴重な雑誌でした。その歴史は、当時の女性の活躍、女性解放運動、そして社会変動を理解する上で、重要な意味を持っています。

なお、長谷川時雨は、その後も『輝ク』という雑誌を主宰し、女性文化人の育成にも尽力しました。また、1923年には、岡田八千代らと同人誌『女人芸術』を創刊していますが、関東大震災により廃刊となっています。さらに、1949年には『女流文学者会』機関誌として『女人芸術』が発行されましたが、これも短命に終わっています。これらの雑誌と合わせて、『女人芸術』の歴史を理解することが重要です。

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