尾張浜主

尾張浜主（おわり の はまぬし）は、奈良時代から平安時代初期にかけて朝廷に仕えた貴族であり、卓越した楽人として知られています。姓は連（むらじ）を称し、位階は従五位下に至りました。彼は、大戸清上（おおとの きよかみ）らと共に、日本雅楽の発展に重要な役割を果たした人物として、歴史に名を刻んでいます。

生涯と業績

尾張浜主は、孝謙天皇の治世（749年 - 758年）において、雅楽の演目である『採桑老（さいそうろう）』を舞い、その卓越した才能を披露しました。さらに、天皇の勅命により、雅楽の代表的な曲の一つである『蘭陵王（らんりょうおう）』の桴（ばち）を改めたという記録も残っています。これは、彼が単なる演奏者ではなく、雅楽の様式にも深く関与し、その発展に貢献したことを示唆しています。

天長10年（833年）には、仁明天皇の即位大嘗祭において舞を奉納し、その才能を再び示しました。承和3年（836年）には、遣唐使の一員として唐に渡り、現地の音楽や舞の知識を吸収し、日本に持ち帰るという重要な役割を担いました。この際、彼は唐の宮廷で舞の誤りを正し、龍笛の演奏技術を極めたと伝えられています。帰国後の承和6年（839年）には、外従五位下に叙せられ、その功績が認められました。

特筆すべきは、承和12年（845年）に、113歳という高齢にもかかわらず、大極殿で行われた最勝会において、自ら製作した舞（和風の長寿楽、別名「春鶯囀（しゅんおうでん）」）を披露したことです。その際、彼は観客の前で舞うことを自ら願い出て、1000人を超える観覧者の前で舞いました。老齢のため、身体にフグのような模様のシミがあり、起居も困難な様子でしたが、曲が始まると、まるで少年のように軽やかに舞ったと伝えられています。その姿を見た観客は皆、「浜主こそ真の伶人（楽舞の人）である」と感嘆したとされています。さらに、その2日後には、仁明天皇に召されて清涼殿でも長寿楽を演じ、天皇は非常に感心し、左右の者は感動して涙を流したといいます。天皇は彼の舞を褒め称え、御衣を褒美として与えました。翌年の承和13年（846年）にも、再び天皇に召されて清涼殿で舞を披露し、その高齢を憐れまれた天皇により、内位の従五位下に叙せられました。

また、愛国百人一首には、彼の歌「翁とて侘やは居らむ草も木も栄ゆる時に出でて舞ひてむ」が選ばれています。この歌は、承和12年（845年）の清涼殿での舞の後に詠まれたものであり、高齢でありながらも、生き生きと舞い続ける彼の情熱と生命力が感じられます。

官歴

尾張浜主の官歴は、『続日本後紀』に記録されています。

時期不詳：正六位上
承和6年（839年）正月7日：外従五位下
承和13年（846年）正月26日：従五位下

尾張浜主は、その生涯を通じて、雅楽の発展に尽力し、卓越した才能と情熱で多くの人々に感動を与え続けました。彼の足跡は、日本の音楽史において、重要な位置を占めています。

参考文献
森田悌『続日本後紀 （下）』講談社〈講談社学術文庫〉、2010年

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