尾本惠市

尾本 惠市

尾本 惠市（おもと けいいち）氏は、1933年5月16日に東京に生を受けた、日本の著名な分子人類学者です。長年にわたり学術の最前線で活躍し、東京大学および国際日本文化研究センターの名誉教授の称号を保持しています。現在は、総合研究大学院大学の上級研究員として、研究活動に携わっています。

東京大学理学部で学んだ後、さらなる知見を深めるためドイツへと留学。帰国後、東京大学大学院理学研究科に進み、1972年に博士課程を修了し、理学博士号を取得しました。博士論文は「Blood protein polymorphisms and the problem of the genetic affinities of the Ainu（血液蛋白の多型とアイヌの遺伝的起源の問題）」と題され、分子レベルからアイヌの人々の遺伝的背景に迫る画期的な内容でした。その後、東京大学理学部の助教授を経て、1979年には教授に昇任。分子人類学分野において教育と研究を主導しました。1993年に東京大学を退官し、名誉教授となった後、国際日本文化研究センターの教授に就任。1999年に定年退官し、ここでも名誉教授の称号を得ました。その後は桃山学院大学で教鞭を執るなど、教育・研究活動を継続しています。

専門は人類学の中でも特に分子人類学です。特に、日本列島の先住民であるアイヌの人々や、フィリピンに居住するネグリト族の遺伝的起源に関する研究で、世界的に高い評価を得ています。分子生物学的な手法を用いて人類集団の起源や移動の歴史を明らかにするアプローチは、この分野に大きな影響を与えました。博士論文でアイヌの起源に深く切り込んだことは、氏の研究キャリアにおける重要な出発点となりました。

学術研究の枠を超えた多才な人物としても知られています。蝶類、特にウスバシロチョウに代表されるウスバアゲハ亜科の系統分類学的研究に深い造詣を持ち、この分野でも顕著な成果を上げています。また、将棋に対しても深い知識と愛着を持ち、『教養としての将棋』のような著作にもその関わりが示されています。

その長年の学術的貢献と功績は高く評価されており、1987年には、単著『ヒトの発見：分子で探るわれわれのルーツ』によって講談社出版文化賞科学出版賞を受賞し、科学の知見を広く一般に伝える活動も評価されました。さらに、2015年秋には瑞宝中綬章を受章し、国家からの栄誉を受けました。

精力的に著述活動も行っており、専門書から一般向けの科学啓蒙書、さらに将棋や蝶に関するものまで、幅広いテーマで多くの著作を刊行しています。

主な単著には以下のようなものがあります。

『ヒトの発見：分子で探るわれわれのルーツ』（読売新聞社、1987年）
『分子人類学と日本人の起源』（裳華房、1996年）
『ヒトはいかにして生まれたか』（岩波書店、1998年、のち講談社学術文庫より改題『ヒトはいかにして生まれたか 遺伝と進化の人類学』として刊行）
『ヒトと文明　狩猟採集民から現代を見る』（ちくま新書、2016年）
* 『蝶と人と　美しかったアフガニスタン』（朝日新聞社、2023年）

また、多くの共著、共編著、監修、翻訳も手掛けており、他の研究者や識者との交流を通じて、多様な分野に影響を与えています。その著作や研究活動は、分子人類学分野の発展に貢献するとともに、科学と文化を結ぶ架け橋として、広く社会に影響を与え続けています。

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