山口用水

山口用水は、岐阜県本巣市山口にある根尾川の山口頭首工から取水される農業用水です。この用水は、糸貫川の西岸に水を供給する真桑用水と、東岸に水を供給する席田用水の2つに大きく分けられます。

地理

山口用水は、まず山口頭首工で取水された水が貯水池に導かれ、そこで真桑用水と糸貫川に分水されます。さらに、本巣市上保で糸貫川から席田用水が分岐します。この用水は、本巣市、瑞穂市から岐阜市北西部までの広範囲に水を供給しています。主要な排水路は犀川に合流する支川ですが、東側では伊自良川に合流する根尾川（古根尾川）も末端部の排水路の一部として機能しています。

特筆すべき点として、席田用水は「疏水百選」にも選ばれており、本巣市曽井中島付近はゲンジボタルの繁殖地として有名で、ほたる公園として整備されています。しかし、岐阜県の河川調書では、この区間は糸貫川に相当するとされており、席田用水との境界は明確ではありません。

歴史

初期の用水整備

この地域の農業用水の歴史は非常に古く、水稲栽培の記録から弥生時代にまで遡ると考えられています。根尾川は、現在の本巣市山口付近から扇状地を形成しており、かつては洪水のたびに河道を変えていました。7世紀頃には、現在の本巣市山口以下の河道は存在せず、水は古根尾川と犀川に分かれていました。奈良時代前半に洪水が発生し糸貫川が形成されると、古根尾川流域では水不足が深刻化しました。そのため、中世末期までに糸貫川から取水し東岸に水を供給する席田用水と、同時期に西岸に水を供給する真桑用水が開発されました。

藪川の出現と対立の始まり

1530年（享禄3年）の大洪水で、根尾川の新たな河道である藪川が出現します。この藪川の出現は、真桑用水の取水口を破壊した結果であるという説もあります。藪川の出現により犀川への分派口が塞がれ、糸貫川の水量は激減しました。藪川から取水できる真桑用水は十分な水量を確保できた一方で、糸貫川から取水する席田用水は取水が困難になりました。

席田用水側の村々は、美濃国守護大名の土岐頼芸に対し、藪川を堰き止めて糸貫川に水を通すことを願い出て「一ノ井大堰」を築きましたが、1532年（享禄5年）に真桑用水側によって堰が破壊される騒動が起こります。この事件に対し、土岐頼芸は真桑用水側に堰の修理を命じ、真桑用水は席田用水から分岐する形で取水することになりました。この決定は席田用水の優位性を認めたものですが、後の時代まで続く対立の火種となります。

四分六分の分水

2つの用水は根尾川を水源とし、広大な灌漑地域を担っていましたが、旱魃が続くと水不足が頻繁に発生しました。特に席田用水から取水するという不利な立場にあった真桑用水側は深刻な影響を受けました。

1625年（寛永2年）の旱魃の際、真桑用水側は「将軍に献上する瓜の灌漑」を口実に、席田用水側に水の分配を要求しますが、席田用水側はこれに応じませんでした。1634年（寛永11年）には、真桑用水側が美濃郡代に分水を訴え出ますが、席田用水側は既得権を主張し、その主張が認められました。1637年（寛永14年）の旱魃では、真桑用水側が一ノ井大堰を取り壊して藪川に水を流すことを願い出たため、美濃郡代の岡田善政は加納藩主の大久保忠職に申し入れを行いました。席田用水側は、取水量が年貢の完納率に影響すると反論しますが、岡田善政は、現状が不公平であるとして真桑用水側を擁護しました。しかし、結論には至りませんでした。

真桑用水側の度重なる訴訟に対し、江戸幕府は問題の解決を現地の領主である戸田氏鉄と松平光重に促し、岡田善政を交えた3者による話し合いが行われました。その結果、「四分の水を真桑用水側に譲る」ことで合意し、1640年（寛永17年）に幕府は岡田善政らを検使役として派遣し、新溝を掘って渇水時には真桑用水側に12時間、席田用水側に18時間全ての水を流すという「四分六分」の番水制を定めました。この裁定は真桑用水側に有利なものでしたが、この背景には真桑用水の中心地であった上真桑村と下真桑村が天領であったことや、下真桑村が岡田善政の所領であったことなどが影響していると考えられています。この裁定により席田用水と真桑用水の対立は終結しますが、その後は各用水内の村々の争いが明治時代まで続きました。

糸貫川締め切りと取水口の統合

時代が進むにつれて河床が上昇し、糸貫川の水量は徐々に減少しました。1921年（大正10年）から始まった木曽三川上流改修の一環として、1944年（昭和19年）に根尾川からの糸貫川分派口の締め切り工事が行われました。そして、1950年（昭和25年）に糸貫川締め切り地点に山口頭首工と取水樋門が建造され、水を貯水池に導き、そこから分水樋門を通して席田用水と真桑用水に配水するように改修されました。

疏水名鑑
 岐阜県 - 席田用水

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