山崎首班工作事件

山崎首班工作事件（やまざきしゅはんこうさくじけん）は、1948年（昭和23年）に日本の政界で起こった一連の動きを指します。
この事件は、同年10月7日に発覚した昭電疑獄によって当時の芦田均内閣が総辞職を余儀なくされたことを契機として発生しました。この疑獄では、経済安定本部総務長官や前副総理といった要職にあった政治家らが逮捕されており、政権への打撃は甚大でした。芦田自身も後に逮捕されています。

内閣総辞職後、次期内閣総理大臣の指名は、国会で第一党であった民主自由党を率いる元首相、吉田茂が有力視されていました。しかし、当時の占領下では連合国軍最高司令官総司令部（GHQ）の意向が大きく影響力を持ち、GHQ内部には吉田に対して異なる評価が存在しました。参謀第2部（G2）は吉田と良好な関係を築いていましたが、民政局（GS）は吉田に批判的でした。GSは吉田の首相就任を阻止するために対抗策を講じ、まず国民協同党の三木武夫に首相就任を打診しましたが、これは固辞されます。そこでGSは、民主自由党の幹事長を務めていた山崎猛を首班とする連立内閣の成立を計画しました。この構想には、当時の民主党、日本社会党、国民協同党といった野党勢力との連携が含まれていました。

民主自由党内でも、山口喜久一郎や星島二郎らがこの山崎擁立の動きに同調していると見られ、「吉田総裁では次期首相は難しい」という見解が党内に広がり始めていました。党が分裂する恐れを抱いた広川弘禅や白洲次郎らは、この工作の情報を吉田に伝えました。

情報を受けた吉田は、GHQ最高司令官であるダグラス・マッカーサー元帥に直接確認を取りました。マッカーサーは山崎擁立の動きを認識しておらず、もし吉田内閣が成立するならば全面的に協力する意向を伝えたとされています。このマッカーサーの返答を受けて、民主自由党内では空気が一変し、それまで広がりつつあった山崎首班待望論は勢いを失い、かえって山崎擁立の動きに対する非難が高まりました。

しかし、前首相であった芦田均は山崎擁立に否定的でしたが、前与党であった民主党は、新内閣による衆議院解散の可能性を強く懸念しており、首相指名選挙の前日である10月13日、党代議士会で山崎推薦を正式に決定しました。

事態収拾のため、松野鶴平の指示を受けた益谷秀次と林譲治が山崎猛の説得にあたりました。その結果、山崎は自ら議員辞職という手段を選び、首相指名の資格を放棄したため、この首班工作は最終的に失敗に終わりました。

この工作の頓挫により、予定通り第2次吉田内閣が発足することとなりました。新内閣は同年12月23日に衆議院を解散（通称「馴れ合い解散」）し、翌1949年1月23日には日本国憲法下で初めての衆議院議員総選挙である第24回総選挙が実施されました。この選挙で民主自由党は単独過半数を獲得する圧勝を収め、吉田内閣は強固な政権基盤を確立しました。

仮にこの山崎首班工作が実現していた場合、山崎猛は衆議院議長経験者としては初めての首相となるはずでした。日本の憲政史上、首相経験者が後に衆議院議長に就任した例（幣原喜重郎など）はありますが、衆議院議長経験者が首班指名を受けた例は現在に至るまで存在していません。

なお、作家・戸川猪佐武の『小説吉田学校』では、この山崎首班工作事件における民主自由党総務会の様子が劇的に描かれています。小説では、当時まだ若手であった田中角栄が総務会で熱弁をふるい、アメリカの内政干渉に反対する姿勢を強く打ち出し、事態を吉田有利な方向へ転換させたという描写があります。また、吉田茂自身がマッカーサーの意向にも屈せず憲政の常道を主張したと描かれています。しかし、この小説の描写に対しては、複数の当時の関係者から異論が呈されています。松野頼三は「経過がまったく違う」と証言しており、日本自由党事務局長だった藤木光雄は、総務会に田中角栄は出席しておらず、当時の田中氏の役職では総務会に出席できる立場ではなかったと具体的に否定しています。村上勇も藤木の証言を支持し、石田博英に至っては「まったくのウソ」と言い切っています。さらに、吉田茂の三女で秘書も務めた麻生和子も、テレビ番組で小説の描写は面白いが誤解を与える可能性があり、父親は田中に在任中一度も会ったことさえなかっただろうと語っています。吉田茂自身の回想録にも、この事件に関する記述はあるものの、田中角栄に関する言及は一切見られません。これらの証言から、『小説吉田学校』におけるこの事件の描写は、フィクションとしての脚色が強く、史実とは異なる部分が多いと考えられています。

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