市川團蔵 (5代目)

五代目市川團蔵：渋さを極めた名優の生涯

五代目市川團蔵（1788年-1845年）は、江戸時代後期を代表する歌舞伎役者の一人です。屋号は三河屋、俳名には千升、紅山、市紅などを使用しました。その渋く重厚な芸風から「澁團（渋団）」の異名で知られ、多くの観客を魅了しました。

経歴と芸風

團蔵は、初代市川市蔵に師事し、市川森之助として初舞台を踏みました。その後、四代目市川團蔵の養子となり、市川團次郎、四代目市川團三郎、市川市紅と改名を経て、文政2年（1819年）に五代目市川團蔵を襲名します。

彼の芸風は「花より実」を地で行くものでした。華美な演出が主流になりつつあった歌舞伎界において、堅実で重厚な演技を貫き、時代物に適した立役や敵役、さらには女形までこなす幅広い役柄を演じきりました。小柄な体格ながらも、卓越した演技力は観客を圧倒し、後ろ向きにセリフを述べてもその深みは伝わったと伝えられています。代表的な当たり役には、『仮名手本忠臣蔵』の大星由良助、『鬼一法眼三略巻』の鬼一法眼、『隅田川続俤』の法界坊などがあります。天保4年頃には江戸三座全てに出演し、『仮名手本忠臣蔵』では七役を演じた記録も残っています。

人となり

團蔵の人物像は、その芸風と同様に、実に興味深いものです。四代目市川小團次と初共演した際、小團次の軽率な芸風に最初は反発を示しました。しかし、小團次の才能を見抜き、将来の名優になると予言した逸話が残っています。

また、芸への探究心も並々ならぬものでした。妻から舞台での長刀の使い方が指摘された際、当時の戒めを破って舞台の演技を評価した妻を責めるどころか、武芸の心得のある妻から指導を受けるほどでした。

徹底した地味さを貫いた晩年は、独特のエピソードで彩られています。自身の葬儀では、自宅には一枚の張り紙だけが残り、そこには辞世の狂歌「我死なば　香典うけな　さしにない 坊主頼まず　すぐに極楽」が書かれていたといいます。この徹底した姿勢に、弔問客は「死んでまで渋いなあ」と故人を偲んだと言われています。

養子には五代目市川團三郎、二代目市川市紅がおり、没後には高弟が未亡人の養子となり、六代目市川團蔵を襲名しました。

関連作品

五代目市川團蔵の代表作である『仮名手本忠臣蔵』の大星由良助を題材にした古典落語『淀五郎』は、彼の存在が後世にまで影響を与えたことを示しています。ただし、演者によっては四代目市川團蔵を題材とする場合もあります。

五代目市川團蔵は、その類まれな演技力と、徹底して地味さを貫いた生き様によって、歌舞伎史に大きな足跡を残した役者と言えるでしょう。彼の芸風は、現代においてもなお、多くの役者たちに影響を与え続けています。

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