市川雅

市川 雅（いちかわ みやび）

市川雅（1937年1月15日 - 1997年2月10日）は、日本の舞踊評論に多大な功績を残した評論家です。東京に生まれ、本名は雅章（まさあき）といいます。その活動は、国内外の舞踊芸術の理論的考察から歴史、そして現代の最前線にまで及び、日本の舞踊界の発展に大きく寄与しました。

生涯と学歴

市川は東京都立駒場高等学校を卒業後、1960年に早稲田大学第一法学部を修了しました。さらに学びを深めるため、1970年には同大学大学院文学研究科の博士課程に進み、単位取得満期退学しています。この学究的な背景は、後の舞踊評論活動における理論的かつ歴史的な視点に影響を与えたと考えられます。

舞踊評論活動と国際性

舞踊評論家としての市川雅の活動は、単に国内の作品を批評するだけにとどまらず、日本の舞踊を世界に発信し、また世界の舞踊の動向を日本に紹介するという国際的な側面を強く持っていました。彼は早くから海外に目を向け、渡米経験もありました。特に重要な活動の一つとして、1980年に日本の前衛的な舞踏家、大野一雄の欧米公演に同行したことが挙げられます。これにより、日本の独創的な身体表現が海外でどのように受け止められるかを肌で感じ、その普及に貢献しました。また、アジア国際舞踊フェスティバルなどの国際的なイベントの開催にも積極的に関与し、アジアにおける舞踊の交流と発展にも尽力しました。

ニジンスキー研究と翻訳

市川の評論活動における特筆すべき分野の一つは、20世紀初頭の伝説的なバレエダンサー、ヴァーツラフ・ニジンスキーに関する研究と翻訳です。彼はニジンスキーの手記や関連文献を日本語に翻訳し、その天才的な舞踊と、精神的な葛藤に満ちた内面に日本の読者が触れる機会を提供しました。これは、舞踊家の身体表現だけでなく、その背後にある精神性や創造の源泉に深く迫ろうとする市川の評論姿勢を示すものです。

多様な著作活動

市川雅は非常に精力的に執筆活動を行い、舞踊に関する幅広いテーマで数多くの著作を発表しました。初期の代表作『行為と肉体』では、身体表現そのものが持つ根源的な意味を探求しました。『アメリカン・ダンスナウ』では、当時のモダン・ダンスからポストモダン・ダンスに至る最先端のアメリカの舞踊潮流を詳細に分析しています。『舞踊のコスモロジー』や『舞姫物語』では、舞踊が持つ象徴性や神話性、そして物語としての側面を深く掘り下げました。『ダンスの20世紀』は、20世紀における舞踊史を俯瞰的に捉え、その主要な流れを独自の視点から論じた大著です。彼の死後に出版された『見ることの距離』は、長年にわたる彼の批評活動の軌跡をたどる貴重な評論集となっています。

教育活動と後世への影響

1993年からは、母校である早稲田大学の客員教授として教鞭を執り、自身の豊富な知識と経験を次世代に伝えることにも情熱を注ぎました。市川雅は、その鋭い洞察力と学術的な知見、そして国際的な視点によって、日本の舞踊評論の質を高め、多くの人々に舞踊芸術の魅力と奥深さを伝えました。1997年に60歳で逝去しましたが、彼の残した著作や活動は、日本の舞踊史、特に現代舞踊の歴史を理解する上で、今なお重要な遺産となっています。

主な著作・翻訳・共編

著書:
『行為と肉体』田畑書店, 1972年
『アメリカン・ダンスナウ モダン・ダンス&ポスト・モダン・ダンス』PARCO出版局, 1975年
『舞踊のコスモロジー』勁草書房, 1983年
『舞姫物語』白水社, 1990年
『ダンスの20世紀』新書館, 1995年
『見ることの距離 ダンスの軌跡1962-1996』國吉和子編, 新書館, 2000年
共編:
『ニジンスキー頌』新書館, 1990年
『技術としての身体』野村雅一共編, 大修館書店, 1999年
翻訳:
ロモラ・ニジンスキー編『ニジンスキーの手記 肉体と神』現代思潮社, 1971年
マリア=ガブリエル・ヴォジーン『神聖舞踏 神々との出あい』平凡社, 1977年
R.ニジンスキー『その後のニジンスキー』現代思潮社, 1977年

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