市河米庵

市河米庵：幕末の書壇を彩った巨匠

市河米庵（いちかわ べいあん、1779-1858）は、江戸時代後期を代表する書家であり、漢詩人としても知られています。名は三亥、字は孔陽、米庵の他に楽斎、百筆斎など数多くの号を持ち、通称は小左衛門、米葊河とも呼ばれていました。

華麗なる生涯：名家の出身から書道界の重鎮へ

1779年、漢詩人市河寛斎の長子として江戸日本橋に生まれた米庵は、幼少期から書道に親しみました。父や林述斎、柴野栗山といった名家に師事する一方、長崎遊学で清国の書家、胡兆新に師事し、宋代の米芾や顔真卿らの書を深く研究。その研鑽は、彼独自の書風を確立することに繋がりました。米庵の号は、敬愛する米芾に由来しています。

20歳で書塾「小山林堂」を開いた米庵は、その類まれな才能と指導力によって瞬く間に名声を博しました。和泉橋に構えた書塾には、延べ5000人もの門人が集まり、尾張藩、筑前福岡藩、津藩など多くの藩主にも書を指南しました。

米庵は隷書、楷書を得意とし、江戸唐様派の大家として幕末の三筆（巻菱湖、貫名海屋とともに）に数えられます。文化8年（1811年）には富山藩に仕え、文政4年（1821年）からは加賀藩前田家に仕え、江戸と金沢を往復しながら指導にあたりました。

多彩な才能：書道以外の活動

書道のみならず、米庵は篆刻、書画収集、煎茶など多様な分野に才能を発揮しました。自らも印譜『爽軒試銕』を制作し、唐晋の書画を収集・研究。煎茶道では、加賀屋清兵衛と共に楓川亭を命名するなど、文化人としての側面も持ち合わせていました。

多くの著作も残しており、『米庵墨談』を始め、『米庵蔵筆譜』『毛信遊草』『西遊小草』『米庵百記』『米庵石律』『楷行薈編』『小山林堂文房図録』などがあります。また、『新註 墨場必携』（大文館書店版）を編纂したことも知られています。

後継者と晩年

残念ながら、自身の子供には恵まれず、初めは養子に迎えた恭斎が夭折。その後、遂庵を養子に迎えましたが、60歳を過ぎてからようやく実子、万庵をもうけました。

米庵は、数多くの石碑の文字も揮毫し、現在も全国に50基以上の作品が残されています。1858年、80歳で生涯を終え、西日暮里本行寺に埋葬されました。

弟子たち

米庵の門下からは、沢村墨庵、関藍梁、山内香雪、田口霞村、川上修斎など、多くの優れた書家が輩出しました。

まとめ

市河米庵は、卓越した書技、多様な才能、そして多くの弟子を育成した教育者としての面も持ち合わせた、江戸時代後期の書壇を代表する巨匠でした。その功績は、現在も多くの書家たちに影響を与え続けています。彼の生涯と作品は、日本の書道史において重要な位置を占めていると言えるでしょう。

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