パウル・グレーナー
パウル・ヘルマン・フランツ・グレーナー（Paul Hermann Franz Gräner, 1872年1月11日 - 1944年11月13日）は、20世紀前半に活動したドイツの作曲家、そして指揮者でした。彼の音楽は主にドイツ後期ロマン派の伝統に根差していますが、その経歴は同時代の政治情勢、特に国家社会主義ドイツとの深い関わりによって特徴づけられます。
ベルリンの職人の家に生まれたグレーナーは、幼くして聖歌隊に入り、音楽的な才能の萌芽を見せました。ギムナジウムでの教育と並行して音楽院で学び、作曲をアルベルト・ベッカーに師事しました。ドイツ各地で楽長を務めた後、1898年から1906年にかけてはロンドンに渡り、王立ヘイマーケット劇場の音楽監督として活躍し、英国王立音楽院でも教鞭を執りました。この頃、姓を「Gräner」から「Graener」に変更しています。ロンドン滞在中に結婚し3人の子を授かりますが、そのうち2人の息子と娘が若くして亡くなるという悲劇に見舞われました。晩年には、声楽家マルガレーテ・コラツォッラとの間に生まれた私生児を引き取り、養子として育てています。
ドイツ帰国後、グレーナーはウィーンの新ウィーン音楽院で教え、ザルツブルクのモーツァルテウム院長（1911-1913年）を務めるなど、教育者としても要職を歴任しました。1914年からはミュンヘンでフリーランスの作曲家として活動し、その後ライプツィヒ音楽院でマックス・レーガーの後任として作曲法の教授（1920-1927年）を務めました。1930年にはベルリン・シュテルン音楽院の院長に就任し、1934年にはプロイセン芸術アカデミーのマスタークラスを監督するなど、ドイツ音楽界の中心的な存在となっていきました。
しかし、彼のキャリアは政治的な選択によって大きな転換点を迎えます。1920年代後半には国家社会主義ドイツ文化闘争同盟に参加し、1933年2月には他のメンバーと共にミヒャエル・ヤリーの演奏会を妨害しました。同年4月1日にはナチス党に入党。ナチス体制下で彼は数々の栄誉と要職を与えられ、全ドイツの音楽家を統制する帝国音楽院では作曲講座の指導、さらにはヴィルヘルム・フルトヴェングラーの後任として副総裁に就任しました（1934-1941年）。声楽曲の中には、ドイツ・ロマン主義文学をナチスのプロパガンダに利用した例も見られます。
音楽語法においては、リヒャルト・シュトラウスやマックス・レーガーらのドイツ後期ロマン派の影響が顕著ですが、特にリートの分野ではブラームスやフーゴー・ヴォルフ、シュトラウスの系譜に連なります。一方で、クリスティアン・モルゲンシュテルンの詩による《絞首台の歌》のように無調的な手法を取り入れたり、歌劇《ドン・ファン最後の遍歴》や管弦楽曲《牧羊神の王国より》では印象主義的な響きを追求するなど、多様な側面も見せました。
生前、特に1920年代にはオペラ作曲家として人気を博し、1933年以降はナチス体制の後ろ盾もあってドイツで最も頻繁に上演される作曲家の一人となりました。しかし、その政治的な立場ゆえに、第二次世界大戦後には急速に評価が低下し、作品の上演機会は激減しました。現在ではその作品の多くは忘れられ、「亜流」と見なされる傾向にありますが、モルゲンシュテルンの詩による歌曲集は、歴史的な録音を通じて知られることがあります。
1944年、ベルリンの自宅が空襲で被災し、多くの自筆譜を含む財産の全てを失いました。その後、家族とともに各地を転々とし、同年11月13日、ザルツブルクの療養所で72年の生涯を終えました。
グレーナーは多くの門人を育てました。主要な門人には、スタシス・シムクス、ユゼフ・コフレル、アルベルト・メシンガー、ノルベルト・フォン・ハネンハイム、ハンス・ヴォルフガング・ザクセ、ヨン・レイフス、イヨネル・ペルレア、ゲルハルト・マースらがいます。
彼の残した作品は多岐にわたります。主な作品の一部を以下に挙げます。
オペラ
1幕のオペレッタ《旅立つ小娘》 (1891年)
1幕のジングシュピール《忠実な衛兵》作品1 (1899年)
2幕の歌つき喜劇《愚か者のお裁き》作品38 (1912年)
3幕の歌劇《ドン・ファン最後の遍歴》作品42 (1914年)
3幕の歌劇《テオファノス》（《ビザンチン》）作品48 (1918年)
4幕の喜歌劇《シーリンとゲルトラウデ》作品51 (1920年)
2幕の歌劇《ハンネレの昇天》 (1927年)
3幕の歌劇《フリーデマン・バッハ》作品90 (1931年)
4幕の歌劇《ホンブルクの貴公子》作品100 (1934年)
前奏曲と3幕のジングシュピール《イレーネ、またはカプリの火遊び》 (1940年？)
3幕の歌劇 Schwanhild (1941年)
声楽曲
多数のピアノ伴奏歌曲集（例：作品4, 6, 11, 12, 21, 29, 30, 40, 45, 46, 49, 50, 52, 57, 70, 71, 83, 94, 102, 111など）
クリスティアン・モルゲンシュテルンの詩による《絞首台の歌》作品43, 43b, 79, 103
管弦楽伴奏歌曲《ヴィープケ・ポークヴィシュ》作品24 (1915年)
アルトとピアノ五重奏のための狂詩曲《憧れ（渚にて）》作品53 (1920年)
男声合唱曲、カンタータなど
交響曲・序曲
弦楽合奏とハープのためのシンフォニエッタ 作品27 (1910年)
交響曲ニ短調「鍛冶屋の苦悩」作品39 (1912年)
序曲《若き学徒》作品73 (1926年)
小交響曲 作品96 (1932年)
ウィーン交響曲 作品110 (1942年)
協奏的作品
ピアノ協奏曲 イ短調 作品72 (1925年)
チェロ協奏曲 イ短調 作品78 (1927年出版)
フルート独奏と室内オーケストラのための組曲《サン・スーシ宮殿のフルート》作品88 (1930年)
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品104 (1938年)
フルート協奏曲 作品116
管弦楽曲
ゴチック組曲 作品74 (1927年)
大オーケストラのための組曲《牧羊神の王国より》作品22 (1920年)
ロマンティックな幻想曲 作品41 (1923年)
嬉遊曲 ニ長調 作品67 (1924年)
夜曲 作品44 (1915年)
ロシア民謡による変奏曲 作品55 (1922年)
室内楽曲
ヴァイオリンとピアノのための《イタリア風小組曲》 (1903年)
ヴァイオリン・ソナタ 作品56 (1921年)
フルートとピアノのための《組曲 イ長調》作品63 (1924年出版)
チェロとピアノのための《組曲 ハ短調》作品66 (1924年)
チェロ・ソナタ 作品101 (1935年)
ピアノ三重奏曲 作品19 (1905年)
弦楽四重奏曲（作品33, 54, 65, 80など）
ピアノ曲
メヌエットとガヴォット、パストラーレ 作品9 (1905年)
春に 作品10 (1905年)
印象 Impressionen (1912年)
* 3つの間奏曲 作品77 (1927年)
グレーナーの生涯と作品は、激動の時代における芸術家の選択と、その後の評価の変遷を示す一例と言えるでしょう。
ベルリンの職人の家に生まれたグレーナーは、幼くして聖歌隊に入り、音楽的な才能の萌芽を見せました。ギムナジウムでの教育と並行して音楽院で学び、作曲をアルベルト・ベッカーに師事しました。ドイツ各地で楽長を務めた後、1898年から1906年にかけてはロンドンに渡り、王立ヘイマーケット劇場の音楽監督として活躍し、英国王立音楽院でも教鞭を執りました。この頃、姓を「Gräner」から「Graener」に変更しています。ロンドン滞在中に結婚し3人の子を授かりますが、そのうち2人の息子と娘が若くして亡くなるという悲劇に見舞われました。晩年には、声楽家マルガレーテ・コラツォッラとの間に生まれた私生児を引き取り、養子として育てています。
ドイツ帰国後、グレーナーはウィーンの新ウィーン音楽院で教え、ザルツブルクのモーツァルテウム院長（1911-1913年）を務めるなど、教育者としても要職を歴任しました。1914年からはミュンヘンでフリーランスの作曲家として活動し、その後ライプツィヒ音楽院でマックス・レーガーの後任として作曲法の教授（1920-1927年）を務めました。1930年にはベルリン・シュテルン音楽院の院長に就任し、1934年にはプロイセン芸術アカデミーのマスタークラスを監督するなど、ドイツ音楽界の中心的な存在となっていきました。
しかし、彼のキャリアは政治的な選択によって大きな転換点を迎えます。1920年代後半には国家社会主義ドイツ文化闘争同盟に参加し、1933年2月には他のメンバーと共にミヒャエル・ヤリーの演奏会を妨害しました。同年4月1日にはナチス党に入党。ナチス体制下で彼は数々の栄誉と要職を与えられ、全ドイツの音楽家を統制する帝国音楽院では作曲講座の指導、さらにはヴィルヘルム・フルトヴェングラーの後任として副総裁に就任しました（1934-1941年）。声楽曲の中には、ドイツ・ロマン主義文学をナチスのプロパガンダに利用した例も見られます。
音楽語法においては、リヒャルト・シュトラウスやマックス・レーガーらのドイツ後期ロマン派の影響が顕著ですが、特にリートの分野ではブラームスやフーゴー・ヴォルフ、シュトラウスの系譜に連なります。一方で、クリスティアン・モルゲンシュテルンの詩による《絞首台の歌》のように無調的な手法を取り入れたり、歌劇《ドン・ファン最後の遍歴》や管弦楽曲《牧羊神の王国より》では印象主義的な響きを追求するなど、多様な側面も見せました。
生前、特に1920年代にはオペラ作曲家として人気を博し、1933年以降はナチス体制の後ろ盾もあってドイツで最も頻繁に上演される作曲家の一人となりました。しかし、その政治的な立場ゆえに、第二次世界大戦後には急速に評価が低下し、作品の上演機会は激減しました。現在ではその作品の多くは忘れられ、「亜流」と見なされる傾向にありますが、モルゲンシュテルンの詩による歌曲集は、歴史的な録音を通じて知られることがあります。
1944年、ベルリンの自宅が空襲で被災し、多くの自筆譜を含む財産の全てを失いました。その後、家族とともに各地を転々とし、同年11月13日、ザルツブルクの療養所で72年の生涯を終えました。
グレーナーは多くの門人を育てました。主要な門人には、スタシス・シムクス、ユゼフ・コフレル、アルベルト・メシンガー、ノルベルト・フォン・ハネンハイム、ハンス・ヴォルフガング・ザクセ、ヨン・レイフス、イヨネル・ペルレア、ゲルハルト・マースらがいます。
彼の残した作品は多岐にわたります。主な作品の一部を以下に挙げます。
オペラ
1幕のオペレッタ《旅立つ小娘》 (1891年)
1幕のジングシュピール《忠実な衛兵》作品1 (1899年)
2幕の歌つき喜劇《愚か者のお裁き》作品38 (1912年)
3幕の歌劇《ドン・ファン最後の遍歴》作品42 (1914年)
3幕の歌劇《テオファノス》（《ビザンチン》）作品48 (1918年)
4幕の喜歌劇《シーリンとゲルトラウデ》作品51 (1920年)
2幕の歌劇《ハンネレの昇天》 (1927年)
3幕の歌劇《フリーデマン・バッハ》作品90 (1931年)
4幕の歌劇《ホンブルクの貴公子》作品100 (1934年)
前奏曲と3幕のジングシュピール《イレーネ、またはカプリの火遊び》 (1940年？)
3幕の歌劇 Schwanhild (1941年)
声楽曲
多数のピアノ伴奏歌曲集（例：作品4, 6, 11, 12, 21, 29, 30, 40, 45, 46, 49, 50, 52, 57, 70, 71, 83, 94, 102, 111など）
クリスティアン・モルゲンシュテルンの詩による《絞首台の歌》作品43, 43b, 79, 103
管弦楽伴奏歌曲《ヴィープケ・ポークヴィシュ》作品24 (1915年)
アルトとピアノ五重奏のための狂詩曲《憧れ（渚にて）》作品53 (1920年)
男声合唱曲、カンタータなど
交響曲・序曲
弦楽合奏とハープのためのシンフォニエッタ 作品27 (1910年)
交響曲ニ短調「鍛冶屋の苦悩」作品39 (1912年)
序曲《若き学徒》作品73 (1926年)
小交響曲 作品96 (1932年)
ウィーン交響曲 作品110 (1942年)
協奏的作品
ピアノ協奏曲 イ短調 作品72 (1925年)
チェロ協奏曲 イ短調 作品78 (1927年出版)
フルート独奏と室内オーケストラのための組曲《サン・スーシ宮殿のフルート》作品88 (1930年)
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品104 (1938年)
フルート協奏曲 作品116
管弦楽曲
ゴチック組曲 作品74 (1927年)
大オーケストラのための組曲《牧羊神の王国より》作品22 (1920年)
ロマンティックな幻想曲 作品41 (1923年)
嬉遊曲 ニ長調 作品67 (1924年)
夜曲 作品44 (1915年)
ロシア民謡による変奏曲 作品55 (1922年)
室内楽曲
ヴァイオリンとピアノのための《イタリア風小組曲》 (1903年)
ヴァイオリン・ソナタ 作品56 (1921年)
フルートとピアノのための《組曲 イ長調》作品63 (1924年出版)
チェロとピアノのための《組曲 ハ短調》作品66 (1924年)
チェロ・ソナタ 作品101 (1935年)
ピアノ三重奏曲 作品19 (1905年)
弦楽四重奏曲（作品33, 54, 65, 80など）
ピアノ曲
メヌエットとガヴォット、パストラーレ 作品9 (1905年)
春に 作品10 (1905年)
印象 Impressionen (1912年)
* 3つの間奏曲 作品77 (1927年)
グレーナーの生涯と作品は、激動の時代における芸術家の選択と、その後の評価の変遷を示す一例と言えるでしょう。
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