平田玉蘊

平田玉蘊：江戸時代の自立した女性画家

平田玉蘊（ひらたぎょくうん、1787-1855）は、江戸時代後期の備後国尾道（現在の広島県尾道市）を拠点に活躍した女性画家です。通称は豊（とよ）、後に章（あや）と改名。玉蘊は号です。

稀有な女性の画家としての生涯

玉蘊は、当時としては非常に珍しい、自立した女性画家でした。絵画制作で生計を立て、尾道に留まりながらも全国的な名声を博しました。白井華陽の『画乗要略』に掲載された22名の女流画家のひとりであり、多くの作品を残しています。しかし、その作品よりも、文人・頼山陽との関係がしばしば注目されてきました。尾道では「ぎょくおん」と呼ばれていたと伝えられています。

玉蘊には5歳下の妹、庸（よう、号は玉葆（ぎょくほ））がおり、姉妹は父・平田五峰（ごほう、本名：平田新太郎）の没する前に頼春風から号を贈られたとされています。「玉を包み蔵する」という意味を持つとされ、尾道の地名「玉の浦」に由来するともいわれています。

尾道の文化サロンと玉蘊の才能

玉蘊が生まれた尾道は、西廻海運の港町であり、西国街道の宿場町としても栄え、「広島藩の台所」と呼ばれていました。豪商たちが文化サロンを形成しており、隣の福山藩の神辺にあった菅茶山の廉塾にも多くの文人墨客が集まりました。尾道のサロンでは、商人と著名な文化人が交流し、玉蘊の父・新太郎も池大雅の門人である福原五岳に師事した画家でした。

玉蘊はまず父に、その後は福原五岳、さらに四条派の八田古秀に師事したと推測されています。妹の庸も同様に絵を学びました。姉妹は美貌と才能で評判となり、多くの文化人から称賛されました。玉蘊の初期作品には「豊女」の落款が見られ、10代後半にデビューしていたと考えられています。「玉蘊」の落款が初めて見られるのは、文化2年（1805年）2月制作の『七福神図』です。文化3年（1806年）頃の『国色天香図』には菅茶山の賛詩があり、その頃にはすでに江戸にも名声が伝わっていました。

頼山陽との出会い、そして葛藤

文化4年（1807年）、頼山陽と出会います。頼山陽とその一族が竹原に集まった詩会に、玉蘊と妹は招かれ、山陽は玉蘊の画に賛詩を贈っています。この出会いは、玉蘊の人生に大きな影響を与えました。文化6年（1809年）、山陽は菅茶山の廉塾の都講となり、玉蘊は山陽から教えを受け、交流を深めました。

しかし、文化8年（1811年）、山陽は廉塾を去り、京都で私塾を開きます。山陽は上洛前、玉蘊に上京を促しましたが、結婚は叶わず、玉蘊は尾道に戻りました。この出来事の後、玉蘊は山陽への思いを断ち切り、画業に専念する決意を固めます。

その後も玉蘊と山陽は交流を続けましたが、山陽は後に玉蘊への未練を吐露しています。玉蘊は文化13年（1816年）、伊勢出身の俳諧師・鶴鳴と結婚したとされていますが、生涯独身だったという説もあります。文政3年（1820年）には鶴鳴と離別し、再び「章」と名乗りました。

画業と晩年

玉蘊は絵画を生活の糧とし、多くの作品を残しました。天保2年（1831年）、白井華陽の『画乗要略』で紹介され、その画力は高く評価されています。代表作は花鳥画が多く、大作も多く残しているのが特徴です。天保大飢饉の際には、尾道の難民救済事業として寺院の襖絵も制作しました。

晩年は、頼山陽の『日本外史』の出版と、それをめぐる論争の影響で、山陽との関係がクローズアップされ、画家としての評価は影を潜めました。しかし、近年になって再評価が進み、その生涯と作品が改めて注目されています。1855年、69歳で没しました。

玉蘊の作品とその後

玉蘊の作品は、花鳥画を中心に、幅広いジャンルに及びます。その画風は、京風の画風から脱却し、明清の画風を取り入れていると評されています。また、寺院の障壁画なども手がけており、近世の女性画家としては珍しい彩色作品を残しています。

玉蘊の没後、頼山陽が尊ばれるにつれて、山陽との関係が強調されるようになり、画家としての評価は低くなりました。しかし、近年になって平田玉蘊忌実行委員会（現平田玉蘊顕彰会）の活動などを通して再評価が進み、尾道ではその作品が展示・公開されています。玉蘊の生涯は、自立した女性として、そして優れた画家として、現代にも多くの示唆を与えてくれるでしょう。

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