平額

平額とは

平額（ひらびたい）は、日本の皇族や公家の女性たちが、宮中での正式な装束である女房装束（通称：十二単）を着用する際に、髪に挿して飾るための装身具の一種です。

構造と種類

近世において平額として伝わるものは、その下部がわずかにくぼんだ円盤状の基部に、上向きに三本の角が突き出した独特な形状をしています。

平額は単独で使用されるだけでなく、櫛（くし）、釵子（さいし）、そして紫色の紐といった他の髪飾りと組み合わせて用いられました。これらの平額を含む一連の髪飾りは、「髪上具（かみあげぐ）」と総称されます。

また、平額には特別な儀式や身分によって異なる種類が存在しました。例えば、采女（うねめ）装束や、女性皇族が大嘗祭（だいじょうさい）に参列する際に用いられたのは、「心葉付平額（こころばつきひらびたい）」です。これは、一般的な三本の角の代わりに、梅の花の形を模した飾りが枝状に取り付けられた「心葉（こころば）」を特徴とします。心葉付平額を挿す際には、白い組紐でできた「日陰の糸（ひかげのいと）」、または「日陰の鬘（ひかげのかつら）」と呼ばれる飾りを垂らして用いるのが慣例でした。さらに、女性天皇が即位などの儀式で着用する特別な平額として、「位験付平額（いけんつきひらびたい）」がありました。

歴史的変遷

平額の歴史を遡ると、その源流は奈良時代の女子礼服に見ることができます。当時の『養老律令（ようろうりつりょう）』の衣服に関する規定には、内親王（天皇の娘や姉妹）、女王（内親王以外の女性皇族）、そして五位以上の女子である内命婦（ないみょうぶ）の礼服に関する記述があり、そこに「宝髻（ほうけい）」と呼ばれる髪飾りへの言及があります。この宝髻は、金と宝玉（金玉）で飾られ、髪を結い上げた部分（髻：たぶさ）をまとめる緒に付けられたことからその名が付いたとされます。その具体的な形状は明らかではありませんが、奈良時代の仏像である薬師寺の吉祥天像に見られる複雑な髪飾りなどに、当時の宝髻の意匠を推測する説があります。

平安時代中期に至ると、唐風文化から日本の風土に根ざした国風文化へと移行する影響を受けて、女性の礼服もまた、物具装束（もののぐしょうぞく）や女房装束といった和様化された形へと変化していきました。この頃の様子を伝える源高明（みなもとのたかあきら）の著書『西宮記（さいぐうき）』には、五位の女房が着用する装束の一部として「徴（しるし）」という言葉が見られます。これは、男子の礼冠（らいかん）に付けられる動物形の飾りに相当する髪飾りを指していたのではないか、という説があります。

鎌倉時代後期の『永仁御即位用途記（えいにんごそくいようとき）』（1298年）には、「位験（いけん）」という髪飾りに関する記録が登場します。位験とは、文字通り「位階を示す験（しるし）」という意味で、身分によって異なるデザインがありました。記録によれば、「金鳳含玉（きんぽうがんぎょく）」と「麟形（りんぎょう）」の位験が存在したとされています。前者は、宝玉またはそれを含む瓔珞（ようらく）を嘴（くちばし）にくわえた金色の鳳凰（ほうおう）の形をしたもの、後者は伝説上の動物である麒麟（きりん）の形をした髪飾りであったと考えられています。この位験の記述は、室町時代の称光天皇（しょうこうてんのう）の即位記録である『称光院御即位記（しょうこういんごそくいき）』（1415年）にも見られます。

「平額」という名称そのものが文献に現れるのは、鎌倉時代末期の『中務内侍日記（なかつかさないしにっき）』弘安11年（1288年）3月15日条における「ひらひたい」の記述が現在のところ確認されている最古の例です。ただし、当時の「ひらひたい」が現在の平額のような髪飾りを指していたのか、それとも特定の髪型を意味していたのかについては、研究者の間でも意見が分かれています。

位験と平額の関係がどのように変化していったのか、また、位験がいつ頃廃止されたのかは明確ではありません。しかし、戦国時代には社会の混乱に伴い、皇族や公家の女子礼服に関する多くの伝統や知識が失われてしまったと考えられています。江戸時代になると、再び礼儀が整えられ、明正天皇（めいしょうてんのう）の即位記録である『寛永御即位記（かんえいごそくいき）』には平額に関する記述が見られます。また、当時の宮中行事を描いた『霊元天皇即位・後西天皇譲位図屏風（れいげんてんのうそくい・ごさいてんのうじょういずびょうぶ）』の中には、翳（さしば、大型の団扇のような儀具）を捧げ持つ女官（女嬬：にょじゅ）が平額を着用している様子が描かれており、その使用実態をうかがい知ることができます。

江戸時代以降の記録や、京都御所の東山御文庫（とうざんごぶんこ）に御物（ぎょぶつ）として伝えられる後桜町天皇（ごさくらまちてんのう）御料の位験付平額の存在は、この髪飾りが近代まで継承されてきたことを示しています。特に後桜町天皇の位験付平額は、一般的な平額の角の上に鳳凰の飾りが乗せられた珍しい形式をしており、歴史の中で多様な意匠が存在したことを物語っています。

このように、平額は奈良時代の宝髻に端を発し、平安時代の和様化や位験の登場を経て、時代ごとに形や名称、使われ方を変えながら、日本の宮廷における女性の格式ある装いの一部として重要な役割を果たしてきました。

もう一度検索