幸徳事件

幸徳事件：明治時代の国家弾圧と冤罪

幸徳事件は、明治時代に発生した大規模な政治弾圧事件であり、一般的には「大逆事件」として知られています。1910年（明治43年）5月25日、長野県で発生した明科事件をきっかけに、多数の社会主義者や無政府主義者が逮捕され、多くの犠牲者を出しました。

明科事件：事件の発端

明科事件は、長野県で機械工として働いていた社会主義者、宮下太吉の逮捕から始まりました。宮下は、明治天皇暗殺を企て、爆弾の製造と実験を行っていたことが発覚しました。宮下以外にも、管野スガ、新村忠雄、古河力作の3名が逮捕され、天皇暗殺計画に関与したとされました。

大検挙と冤罪：国家による弾圧

明科事件を口実に、政府と警察は、幸徳秋水ら多数の社会主義者や無政府主義者を次々と逮捕しました。証拠不十分にもかかわらず、1911年（明治44年）1月18日、24名に死刑、2名に有期刑の判決が下されました。死刑判決を受けた24名のうち、11名が1月24日に、管野スガを含む1名が翌日に処刑されました。

これらの裁判は、徹底した弾圧であり、公正な裁判とは程遠いものでした。幸徳秋水は、審理終盤で「一人の証人調べさえもしないで判決を下そうとする暗黒な公判を恥じよ」と激しく抗議したと伝えられています。

国際的な反響と再審請求運動

この事件は、日本国内にとどまらず、海外にも大きな衝撃を与えました。アメリカ合衆国の無政府主義者エマ・ゴールドマンらが抗議運動を展開し、イギリスやフランスでも日本大使館前で抗議活動が行われました。

戦後、思想的な制約が緩和されるにつれ、事件の真相が徐々に明らかになってきました。政府によるでっち上げや虚偽の容疑に基づく弾圧であったことが判明し、実際には天皇暗殺計画に関与していたのは宮下ら4名のみだったとされました。

1960年代からは、「大逆事件の真実をあきらかにする会」を中心に、再審請求運動が活発に行われました。しかし、最高裁判所は1967年（昭和42年）、「戦前の特殊な事例であり、現在の法制度に照らし合わせられない」として免訴判決を下し、再審請求は事実上不可能となりました。

事件の意義と歴史的背景

幸徳事件は、明治時代の言論弾圧と、国家権力による恣意的な司法運用を象徴する事件です。この事件は、思想・信条の自由の重要性、公正な司法手続きの必要性を改めて問いかける、日本の歴史における大きな転換点の一つとなりました。また、当時の社会主義・無政府主義運動や、国際的な連帯意識についても考える重要な契機となりました。

関連年表

1908年（明治41年）

7月14日：第2次桂内閣成立
9月：平民社、巣鴨に移転

1909年（明治42年）

2月13日：宮下太吉、幸徳秋水と初対面。天皇暗殺計画を示唆
3月18日：平民社、千駄ヶ谷に移転。管野スガが平民社に住み込む
5月25日：宮下、秋水宛に「爆裂弾の調合が判った」旨の書簡
7月15日：警視庁、平民社を家宅捜索。管野スガを検挙
1[[1月3日]]：宮下、爆裂弾の爆発実験

1910年（明治43年）

3月22日：平民社解散。秋水、管野は湯河原へ向かう
5月14日：新村の明科入りを察知
5月21日：宮下、爆弾の材料を明科製材所の工場に移す
5月23日：松本警察署長、宮下に関わる報告書を受け取る
5月25日：松本警察署が宮下、新村らを逮捕（明科事件）。大逆事件の大検挙開始
5月31日：検事総長、旧刑法73条（大逆罪）に該当すると判断
6月1日：秋水、管野らを湯河原で逮捕
11月12日：エマ・ゴールドマンら、駐米全権大使に抗議文を送付
11月22日：エマ・ゴールドマンらがニューヨークで抗議集会
11月29日：大杉栄が東京監獄から満期出所
12月6日：フランスの社会主義者ら、在パリ日本大使館に抗議
12月10日：大審院第1回公判（非公開）
12月12日：エマ・ゴールドマンらがニューヨークで抗議集会

1911年（明治44年）

1月18日：大審院、秋水ら24人に死刑判決
1月19日：明治天皇の「仁慈」により12人を無期に減刑
1月24日：幸徳秋水ら11人の死刑執行
1月25日：管野の死刑執行
3月17日：大杉、大阪在住の犠牲者家族を見舞う
8月25日：第2次桂内閣総辞職

(以降、1967年の最高裁判決、1996年の僧籍復帰など)

この事件は、明治時代の政治状況、社会主義・無政府主義運動、司法制度などを理解する上で重要な事例であり、現在でも歴史的考察や再評価が続けられています。

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