弦楽四重奏曲第19番 (モーツァルト)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトによって1785年に作曲された弦楽四重奏曲第19番ハ長調 K. 465は、彼が敬愛するフランツ・ヨーゼフ・ハイドンに献呈した全6曲からなるシリーズ、『ハイドン・セット』の最後を飾る作品です。

この楽曲は、とりわけ第1楽章の冒頭に現れる、当時の音楽の慣習からすれば極めて異例ともいえる大胆な和声進行のために、『不協和音四重奏曲』（Dissonanzenquartett）という愛称で広く知られています。モーツァルト自身の作品目録によれば、この曲は1785年の1月14日にウィーンで完成されたと記録されています。

何よりもこの曲を特徴づけているのは、その愛称の由来ともなった第1楽章の導入部です。アダージョと指定された冒頭22小節では、チェロがハ音、ヴィオラが変イ音、第2ヴァイオリンが変ホ音、そして第1ヴァイオリンがイ音という、互いに響き合うとは言い難い、当時は聴き慣れない重ね合わせの音から静かに開始されます。この革新的な響きは、当時の保守的な音楽家や聴衆にとっては理解しがたいものでした。真剣に楽譜の写し間違いではないかと疑われたり、あるいは演奏者が明らかに間違っていると指摘されることすらあったほどです。

当時の反応を示す有名な逸話として、ゲオルク・ニコラウス・ニッセンが著したモーツァルトの伝記には、ハンガリーの貴族であるグラサルコヴィッツ侯邸でこの曲が演奏された際のエピソードが記されています。侯爵は演奏を聴いて、演奏者に対し何度も「あなたたちの弾き方は間違っている！」と怒鳴り、演奏者が間違いではないことを丁寧に説明しても納得せず、最終的には楽譜を破り捨ててしまったと伝えられています。

本作を含む『ハイドン・セット』を献呈されたハイドンは、モーツァルトにとって数少ない真の理解者であり、師のような存在でした。しかし伝記作家のメイナード・ソロモンは、ハイドンでさえ、この『不協和音』四重奏曲の冒頭部分に示された前衛的な書法に対しては、やや戸惑いを感じ、距離を置きたいと思っていたのではないかと推測しています。これは、当時の音楽界全体がいかにこの冒頭の響きに対して衝撃を受けたかを物語るエピソードと言えるでしょう。

しかし、この実験的な序奏の後、楽曲は一転してモーツァルトらしい明快で活気に満ちたアレグロの主部へと展開します。この劇的な対比こそが、この曲の大きな魅力の一つとなっています。

楽曲は全体で4つの楽章から構成されており、全曲を通しての演奏時間は約30分程度です。

各楽章の構成

1. 第1楽章 アダージョ - アレグロ:
ハ長調、4分の4拍子。ソナタ形式。不協和な導入部（アダージョ）に続き、快活な主部（アレグロ）が展開します。
2. 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ:
ヘ長調、4分の3拍子。穏やかで歌うような旋律が特徴。形式は二部形式、あるいは展開部を持たないソナタ形式と分析されることもあります。
3. 第3楽章 メヌエット：アレグロ - トリオ:
ハ長調からトリオ部分でハ短調へ、4分の3拍子。古典的なメヌエットの枠組みの中で、トリオ部分ではどこか翳りのある表情を見せます。
4. 第4楽章 アレグロ:
ハ長調、4分の2拍子。ソナタ形式。軽快で躍動感あふれる楽章で、華やかに締めくくられます。

この弦楽四重奏曲第19番は、モーツァルトが古典派音楽の語法を完全に掌握しつつ、それを大胆に拡張しようとした痕跡を示す重要な作品です。特に冒頭の革新性は、後の時代の作曲家たちにも影響を与え、音楽史におけるモーツァルトの先駆的な一面を明確に示しています。単なる「不協和音」という言葉が持つ響きを超え、その内に秘められたモーツァルトの探求心と天才性を感じ取ることができるでしょう。

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