弦楽四重奏曲第2番 (メンデルスゾーン)
フェリックス・メンデルスゾーンが1827年に、わずか18歳で作曲した弦楽四重奏曲が、イ短調 作品13として知られる彼の第2番にあたる作品です。作品番号からすれば第2番ですが、実際には1829年に完成した第1番 作品12よりも先に書かれました。
この時期、若いメンデルスゾーンは既に室内楽の分野でめざましい才能を発揮しており、先行して『弦楽五重奏曲第1番』作品18や、傑作として名高い『弦楽八重奏曲』作品20といった重要な作品を生み出していました。彼の創作意欲は旺盛で、この四重奏曲の完成後、数ヶ月のうちにはオペラ『カマチョの結婚』の上演が控えていました（このオペラは残念ながら成功しませんでしたが）。
本作の作曲時期は、偉大な先達であるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが世を去ってからわずか数ヶ月後でした。当時の音楽界では、ベートーヴェンの特に後期に書かれた弦楽四重奏曲群は、その革新性ゆえに必ずしも広く理解されておらず、作曲家ルイ・シュポーアが「わけのわからない、取り返しのつかない恐怖」と評するなど、多くの音楽愛好家や音楽家が困惑していました。メンデルスゾーンの父アブラハムも同意見だったといいます。しかし、若いメンデルスゾーンはこれらの難解とされる作品に強く惹きつけられ、熱心に分析・研究を重ねていました。本作には、その研究の成果として、ベートーヴェンの後期四重奏曲から得た着想や影響が随所に表れています。
この弦楽四重奏曲の音楽的な骨格を形成し、全曲を統一する役割を果たしているのが、冒頭に提示されるある特定の動機です。これは、メンデルスゾーンが本作に先立って作曲していたピアノ伴奏によるバリトンのための歌曲『本当に?』（Ist es wahr?）作品9-1からの引用です。この歌曲は、ヨハン・グスタフ・ドロイゾンによる詩に基づいており、「きみがいつも木陰を散策する私を待っているというのは本当か」といった、愛する人への問いかけを含む内容を持っています。メンデルスゾーンは、この弦楽四重奏曲の楽譜の表紙に敢えて歌曲と同じ『Ist es wahr?』という題名を書き入れました。これは、ベートーヴェンが晩年の弦楽四重奏曲第16番の終楽章に「Muss es sein?」（かくあらぬか）と記した有名な問いかけを意識したものでしょう。しかし、ベートーヴェンの問いかけが内省的で実存的な響きを持つのに対し、メンデルスゾーンのこの動機や作品全体は、より若々しく豊かなロマンティックな感情に彩られています。音楽研究者のルーシー・ミラーは、この四重奏曲について、ベートーヴェン後期の高度な作曲技法に深く依拠しながらも、古典派音楽の形式的な完成度とロマン派音楽の豊かな表現力とを巧みに融合させていると評しています。
作品全体がイ短調を基調とし、比較的暗い、あるいは深刻な性格を持ち、さらに開始楽章と終楽章が共に短調で閉じられる構成は、当時の弦楽四重奏曲の慣習から見ればかなり冒険的な試みでした。本作は、まず1830年にパート譜がブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版され、その後1843年に総譜が同じ出版社から刊行されました。現代では、ヘンレ社による原典版も入手可能です。
全体の演奏時間は約30分程度で、古典派の弦楽四重奏曲に倣い、4つの楽章で構成されています。
第1楽章：アダージョ - アレグロ・ヴィヴァーチェ
イ長調、3/4拍子のアダージョによる短い序奏で始まります。ここで提示される3つの音から成る主題こそが、前述の歌曲『Ist es wahr?』から引用された動機であり、全曲を音楽的に結びつける重要な要素となります。序奏が終わると、ヴィオラの奏でるトリルに導かれて、イ短調、4/4拍子のアレグロ・ヴィヴァーチェの主部に入ります。このアダージョによる序奏に続き、アレグロで活発な音楽が展開されるという構成は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番の開始部分と非常に類似しています。主部では、まずヴィオラによって第1主題が提示されます。続くホ短調で現れる第2主題は、前打音を伴う抒情的な性格を持っています。展開部は再びヴィオラのトリルから始まり、主に16分音符による音型と第1主題の素材が展開されます。再現部でもヴィオラのトリルが合図となり、『Ist es wahr?』の動機がイ短調で回想された後、第1主題と第2主題がイ短調で再現されます。最後に、精力的なコーダが高潮し、フォルテッシモの強奏で楽章を締めくくります。
第2楽章：アダージョ・ノン・レント
ヘ長調、3/4拍子。冒頭から第1ヴァイオリンによってカンタービレの表情豊かな主題が奏でられます。この主題が一段落すると、音楽は突然フガートへと移ります。このフガートは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」の第2楽章にあるフーガ楽章を模範にしていると考えられています。両作品のフーガ主題は、いずれも狭い音域を半音階的に細かく上下する特徴を持ち、さらにヴィオラから開始されて他の楽器へ引き継がれていく点でも共通しています。メンデルスゾーンは、ベートーヴェンのフーガと同様に、楽器間でのクロスリズムを巧みに用いることで、音楽に複雑さと緊張感を与えています。フーガの後、音楽は速度を上げて情熱的な展開を見せ、大きな盛り上がりを築いた後、冒頭のカンタービレ主題が再び現れます。そして、弱音による静寂の中で楽章を閉じます。
第3楽章：インテルメッツォ: アレグレット・コン・モート
イ短調、2/4拍子。間奏曲と題されたこの楽章は、序奏なしに始まります。第1ヴァイオリンが奏でる軽やかな旋律を、他の楽器がピチカートの伴奏で支えます。この浮遊感のある楽想は、メンデルスゾーン自身の傑作である『夏の夜の夢 序曲』の音楽や、彼の他の室内楽曲におけるスケルツォ楽章を連想させます。中間部はイ長調に転じ、アレグロ・ディ・モルトとなって速度を上げます。ここでは、歯切れの良い16分音符の動きや、スタッカートを伴う同音連打が特徴的な、快活でリズミカルな音楽が繰り広げられます。その後、再びイ短調に戻ると、冒頭の軽やかな旋律が再現されます。中間部の素材も織り交ぜられながら、楽章全体はピチカートの響きによって静かに閉じられます。
第4楽章：プレスト
イ短調、2/2拍子。終楽章は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番の終楽章構成に強く影響を受けていると考えられています。両作品とも、弦楽器のトレモロ伴奏を背景に、第1ヴァイオリンがカデンツァ風の劇的なレチタティーヴォあるいは序奏を奏でることで始まります。その後、活発な主部に入り、特徴的な主題が現れます。この主題を支えるチェロの低音の動きや、内声部の伴奏音型にも類似が見られます。主題提示後は、音楽はプレストの速度で活発に展開し、フガートのような対位法的な手法も用いられ、多彩な要素が盛り込まれます。展開が進むにつれて音楽は一旦落ち着きを見せ、再び第1ヴァイオリンによるレチタティーヴォ的なパッセージが現れます。そして、調性はイ長調、拍子も3/4拍子へと変化します。ここで、第1楽章冒頭に現れた全曲の統一動機である『Ist es wahr?』の主題が回想されます。この動機が弱音で静かに響き渡る中、全曲の幕が閉じられます。
この時期、若いメンデルスゾーンは既に室内楽の分野でめざましい才能を発揮しており、先行して『弦楽五重奏曲第1番』作品18や、傑作として名高い『弦楽八重奏曲』作品20といった重要な作品を生み出していました。彼の創作意欲は旺盛で、この四重奏曲の完成後、数ヶ月のうちにはオペラ『カマチョの結婚』の上演が控えていました（このオペラは残念ながら成功しませんでしたが）。
本作の作曲時期は、偉大な先達であるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが世を去ってからわずか数ヶ月後でした。当時の音楽界では、ベートーヴェンの特に後期に書かれた弦楽四重奏曲群は、その革新性ゆえに必ずしも広く理解されておらず、作曲家ルイ・シュポーアが「わけのわからない、取り返しのつかない恐怖」と評するなど、多くの音楽愛好家や音楽家が困惑していました。メンデルスゾーンの父アブラハムも同意見だったといいます。しかし、若いメンデルスゾーンはこれらの難解とされる作品に強く惹きつけられ、熱心に分析・研究を重ねていました。本作には、その研究の成果として、ベートーヴェンの後期四重奏曲から得た着想や影響が随所に表れています。
この弦楽四重奏曲の音楽的な骨格を形成し、全曲を統一する役割を果たしているのが、冒頭に提示されるある特定の動機です。これは、メンデルスゾーンが本作に先立って作曲していたピアノ伴奏によるバリトンのための歌曲『本当に?』（Ist es wahr?）作品9-1からの引用です。この歌曲は、ヨハン・グスタフ・ドロイゾンによる詩に基づいており、「きみがいつも木陰を散策する私を待っているというのは本当か」といった、愛する人への問いかけを含む内容を持っています。メンデルスゾーンは、この弦楽四重奏曲の楽譜の表紙に敢えて歌曲と同じ『Ist es wahr?』という題名を書き入れました。これは、ベートーヴェンが晩年の弦楽四重奏曲第16番の終楽章に「Muss es sein?」（かくあらぬか）と記した有名な問いかけを意識したものでしょう。しかし、ベートーヴェンの問いかけが内省的で実存的な響きを持つのに対し、メンデルスゾーンのこの動機や作品全体は、より若々しく豊かなロマンティックな感情に彩られています。音楽研究者のルーシー・ミラーは、この四重奏曲について、ベートーヴェン後期の高度な作曲技法に深く依拠しながらも、古典派音楽の形式的な完成度とロマン派音楽の豊かな表現力とを巧みに融合させていると評しています。
作品全体がイ短調を基調とし、比較的暗い、あるいは深刻な性格を持ち、さらに開始楽章と終楽章が共に短調で閉じられる構成は、当時の弦楽四重奏曲の慣習から見ればかなり冒険的な試みでした。本作は、まず1830年にパート譜がブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出版され、その後1843年に総譜が同じ出版社から刊行されました。現代では、ヘンレ社による原典版も入手可能です。
全体の演奏時間は約30分程度で、古典派の弦楽四重奏曲に倣い、4つの楽章で構成されています。
第1楽章：アダージョ - アレグロ・ヴィヴァーチェ
イ長調、3/4拍子のアダージョによる短い序奏で始まります。ここで提示される3つの音から成る主題こそが、前述の歌曲『Ist es wahr?』から引用された動機であり、全曲を音楽的に結びつける重要な要素となります。序奏が終わると、ヴィオラの奏でるトリルに導かれて、イ短調、4/4拍子のアレグロ・ヴィヴァーチェの主部に入ります。このアダージョによる序奏に続き、アレグロで活発な音楽が展開されるという構成は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番の開始部分と非常に類似しています。主部では、まずヴィオラによって第1主題が提示されます。続くホ短調で現れる第2主題は、前打音を伴う抒情的な性格を持っています。展開部は再びヴィオラのトリルから始まり、主に16分音符による音型と第1主題の素材が展開されます。再現部でもヴィオラのトリルが合図となり、『Ist es wahr?』の動機がイ短調で回想された後、第1主題と第2主題がイ短調で再現されます。最後に、精力的なコーダが高潮し、フォルテッシモの強奏で楽章を締めくくります。
第2楽章：アダージョ・ノン・レント
ヘ長調、3/4拍子。冒頭から第1ヴァイオリンによってカンタービレの表情豊かな主題が奏でられます。この主題が一段落すると、音楽は突然フガートへと移ります。このフガートは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第11番「セリオーソ」の第2楽章にあるフーガ楽章を模範にしていると考えられています。両作品のフーガ主題は、いずれも狭い音域を半音階的に細かく上下する特徴を持ち、さらにヴィオラから開始されて他の楽器へ引き継がれていく点でも共通しています。メンデルスゾーンは、ベートーヴェンのフーガと同様に、楽器間でのクロスリズムを巧みに用いることで、音楽に複雑さと緊張感を与えています。フーガの後、音楽は速度を上げて情熱的な展開を見せ、大きな盛り上がりを築いた後、冒頭のカンタービレ主題が再び現れます。そして、弱音による静寂の中で楽章を閉じます。
第3楽章：インテルメッツォ: アレグレット・コン・モート
イ短調、2/4拍子。間奏曲と題されたこの楽章は、序奏なしに始まります。第1ヴァイオリンが奏でる軽やかな旋律を、他の楽器がピチカートの伴奏で支えます。この浮遊感のある楽想は、メンデルスゾーン自身の傑作である『夏の夜の夢 序曲』の音楽や、彼の他の室内楽曲におけるスケルツォ楽章を連想させます。中間部はイ長調に転じ、アレグロ・ディ・モルトとなって速度を上げます。ここでは、歯切れの良い16分音符の動きや、スタッカートを伴う同音連打が特徴的な、快活でリズミカルな音楽が繰り広げられます。その後、再びイ短調に戻ると、冒頭の軽やかな旋律が再現されます。中間部の素材も織り交ぜられながら、楽章全体はピチカートの響きによって静かに閉じられます。
第4楽章：プレスト
イ短調、2/2拍子。終楽章は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番の終楽章構成に強く影響を受けていると考えられています。両作品とも、弦楽器のトレモロ伴奏を背景に、第1ヴァイオリンがカデンツァ風の劇的なレチタティーヴォあるいは序奏を奏でることで始まります。その後、活発な主部に入り、特徴的な主題が現れます。この主題を支えるチェロの低音の動きや、内声部の伴奏音型にも類似が見られます。主題提示後は、音楽はプレストの速度で活発に展開し、フガートのような対位法的な手法も用いられ、多彩な要素が盛り込まれます。展開が進むにつれて音楽は一旦落ち着きを見せ、再び第1ヴァイオリンによるレチタティーヴォ的なパッセージが現れます。そして、調性はイ長調、拍子も3/4拍子へと変化します。ここで、第1楽章冒頭に現れた全曲の統一動機である『Ist es wahr?』の主題が回想されます。この動機が弱音で静かに響き渡る中、全曲の幕が閉じられます。
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