張猛龍碑

張猛龍碑（ちょうもうりょうひ）

張猛龍碑は、中国の南北朝時代、北朝の北魏において正光3年（522年）に、地方官吏であった張猛龍（ちょうもうりょう）の功績を称え、その徳を後世に伝えるために建立された顕彰碑です。山東省曲阜（きょくふ）の孔廟内に現存しており、六朝時代の北朝独特の楷書体である「六朝楷書」の貴重な書蹟として知られています。

顕彰者：張猛龍とは

碑文によると、張猛龍は字を神□（しんたく。□はくにがまえに「只」）といい、南陽郡白水（現在の湖北省襄陽市棗陽市）の出身で、周代にまで遡る氏族の出であると記されています。正史には記録がありませんが、延昌年間（512年-515年）に奉朝請、熙平年間（516年-518年）に魯郡（現在の山東省）の太守を務めました。

張猛龍は、その人柄が非常に温厚で、家族を大切にする人物であったと伝えられています。官位に就く以前の貧しい時代から、父母に孝養を尽くし、27歳で父を、39歳で母を亡くした際には深く悲しんだとされています。太守となってからも、その人柄は変わることなく、民衆に温かく接し、徳による政治を行ったと伝えられています。

彼の善政を讃え、その功績を永く伝えるため、郡の官吏たちが4年の歳月をかけて碑文を練り上げ、この「張猛龍碑」を建立しました。

碑文と書風の特徴

碑文は楷書で書かれており、1行46字、全26行で構成されています。しかし、風化による損傷が激しく、碑の上部には斜めにひびが入り、下半分は剥落が激しいため、読解が困難な箇所も少なくありません。碑額には「魏魯郡太守張府君清頌之碑」と楷書で記されています。

碑文の内容は、まず張氏の家系がいかに由緒正しいものであるかを系譜によって強調し、その上で、張猛龍の人柄に対する讃辞を述べ、最後に張氏と張猛龍を讃える韻文で締めくくられています。曲阜が孔子の出身地であるという背景から、孔子や儒教思想に基づく言葉が多く見られるのも特徴です。

書風は、典型的な「六朝楷書」であり、「方筆」と呼ばれる角ばった運筆法によって、力強く鋭い線が描かれています。その書体は、雄渾で剛毅木訥な印象を与え、北朝独特の力強い美しさを表現しています。碑全体の印象としてやや右肩上がりの字形が多いですが、大胆な筆運びの中に巧みな緊密さを保っています。

ただし、字形には独特の異体字や俗字が多く含まれているため、書道の初心者が学ぶには難しい碑であると言われています（例：にんべんがぎょうにんべんになるなど）。

研究と評価

張猛龍碑は、清代に初めて知られるようになった他の北碑と異なり、北宋時代には既にその存在が知られていました。しかし、現存する拓本は明代のものが最古であり、清代に考証学が興隆するにつれて、数多くの拓本が採られるようになりました。古くから拓本が採られていたため、拓本の新旧によって文字数に差があり、一般的には10行目の「冬温夏清」の4字が欠けているかどうかで拓本の年代を判断します（欠けていなければ清初以前の拓本とされます）。

研究は、拓本の新旧に関する研究と、書法に関する研究が並行して行われています。書法に関しては、包世臣や康有為などが絶賛し、高貞碑などと並んで北碑を代表する名品として高く評価されています。文字の欠損が多いものの、六朝楷書の代表的な書蹟として、書道家によって臨書されています。

参考文献

神田喜一郎・田中親美編『書道全集』第6巻（平凡社刊）
藤原楚水『図解書道史』第2巻（省心書房刊）
藤原楚水『註解名蹟碑帖大成』上巻（省心書房刊）

関連項目

張裕釗
* 宮島詠士

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