六朝楷書

六朝楷書（りくちょうかいしょ）

六朝楷書は、中国の南北朝時代、特に北朝において発展した独特な楷書体の総称です。これは、現代の楷書のルーツの一つとして位置づけられ、書道の世界では楷書の一つのスタイルとして認識されています。現代中国では、魏楷や北魏楷とも呼ばれています。

「六朝」という言葉は、本来は南朝側の視点に立った時代の区分ですが、書道を含む芸術分野においては、この時代を「六朝時代」と呼ぶことが一般的であるため、この名称が用いられています。

書風

六朝楷書は、一般的な楷書によく似ていますが、その書風は洗練されているとは言い難く、荒削りで素朴、かつ雄大な趣があります。中には、龍門二十品のように、楷書とは大きく異なる書風のものも存在します。

また、決まった筆法が存在せず、書蹟ごとに異なる多様な書き方が見られるのが特徴です。大きく分けると、以下の二種類に分類できます。

方筆: 起筆や転折を角張らせ、力強く線を引く筆法。石を削るようにごつごつと書きます。六朝楷書の主流であり、張猛龍碑のように自然な勢いに任せて大胆に書くものと、高貞碑のように骨太ながら正方形の枠に収まるように緻密に書くものがあります。
円筆: 起筆や転折を丸め、全体的に柔らかい筆致で書く筆法。六朝楷書の一部に見られ、鄭文公碑をはじめとする鄭道昭の書蹟に代表される書法です。南朝の筆法の影響を受けているとも指摘されています。

さらに、字体に統一性がなく、異体字が非常に多いのも特徴です。その数は一つの字典が作れるほどで、清の羅振玉は六朝楷書の異体字を集めた『碑別字』という字典を出版しています。

歴史と展開

時代背景

316年、内乱によって国力が低下した西晋が、北方民族に追われて南に逃れ、東晋を建国したことで、中国は南北に分断されました。西晋の旧領である北方では、「五胡十六国」と呼ばれる異民族王朝が覇権を争い、南方では東晋が前秦の攻撃を受けたり、重臣が内乱を起こしたりと不安定な状態ながらも、失地回復を目指していました。

420年、東晋は禅譲を迫られ、宋が成立。439年には、北魏が他の王朝を征服して北方の覇者となり、南北の分裂が決定的なものとなり、本格的な南北朝時代が始まりました。北朝と南朝は、表面上は大きな衝突を起こすことはありませんでしたが、漢民族の土地を奪った異民族と、その異民族に追われた漢民族という立場から、両者は対立し、冷戦のような関係にありました。

そのため、文化的な交流はあまり盛んではなく、書道も南北に分かれて発展することになりました。

発生と淵源

北朝を建てた北方民族は、元々モンゴル周辺を拠点とする遊牧民であり、定住する習慣がなく、漢民族とは異なる統治システムを持っていました。しかし、漢民族の土地を手に入れ、漢民族的な王朝を築いたことで、そのシステムを変更する必要に迫られました。

そこで彼らがとったのが、漢民族の制度や文化を吸収する漢化政策でした。北朝の領域内には西晋の遺民が残っており、彼らが漢民族文化の伝道者となることで、目的が達成されました。当然、漢民族の文字である漢字も、彼らによって北朝に伝えられました。

六朝楷書のルーツは、この遺民が伝えた西晋の書蹟にあると考えられています。西晋の書は、基本的には隷書ですが、末期には横長の隷書が正方形に近づくなど、楷書寄りの書風になっていました。南朝では、芸術的な観点から行書や草書が重視され、そこから楷書が発展しましたが、北朝では漢字の受容を優先し、それを発展させて六朝楷書としたと考えられます。

北魏での隆盛

北朝を統一した北魏は、五胡十六国の頃から漢化政策に積極的な王朝でした。統一後もその路線を続け、特に第6代皇帝の孝文帝は、首都を平城から漢民族王朝の伝統的な首都である洛陽に遷都し、姓名や官職名、習俗や言語に至るまで徹底した漢化を進めました。また、漢化と人心統一の二つの効果を狙って、漢民族の宗教である仏教に深く帰依し、多くの寺院や仏像を建立しました。

これに後押しされる形で、六朝楷書が爆発的に発展しました。特に書風は、漢化政策の影響で、当時すでに楷書が一つの書体として確立していた南朝の書にある程度学び、それを消化したことで、西晋時代のスタイルから脱却し、独自の個性を確立するようになりました。

このような書蹟は、紙に馴染みのなかった北朝では、写経を除いて紙に書かれることは少なく、碑や磨崖、造像記や墓碑などの金石文の形で残され、後世に「北碑」と呼ばれる巨大な書蹟群を造り上げることになりました。この時期、5世紀末から6世紀初頭までの期間が、六朝楷書の最盛期でした。

東魏・西魏以降の変容

しかし、534年に北魏が帝位争いにより東魏と西魏に分裂し、さらに550年に東魏が北斉へ、556年に西魏が北周へそれぞれ交代する頃になると、六朝楷書を取り巻く状況に変化が生じます。西魏で554年に王羲之・王献之、いわゆる「二王」の法帖が戦利品として持ち込まれるなど、南朝の書蹟である「南帖」やそれに類する書蹟が流入し始め、強い影響を与え始めました。

これによって、北朝の書家の中には「二王」を手本として六朝楷書を南朝寄りに変容させた書風を確立し、後の隋や唐の楷書にも似た書蹟を制作する者も現れました。従来型の六朝楷書も多く制作される中で、この南朝書法の摂取は、後の南北統一の先駆けとなりました。

発展的消滅

581年に北周の皇室の外戚であった楊堅が禅譲を受けて隋を建て、中国統一に乗り出しました。8年後の589年に南朝の陳が隋の攻撃の前に滅亡し、中国は約270年ぶりに統一されました。

この統一により、南北を隔てていた政治的な壁が取り払われ、文化交流が活発化しました。以前から自分たちの文化に劣等感を抱き、南朝の文化に憧れていた北朝の人々は、南朝に接近し、南北の文化は融合していきました。特に第2代皇帝・煬帝は南北を貫流する運河を造営しており、この頃には南北の文化は完全に融合していたと考えられています。

楷書も融合の対象となりました。六朝楷書と同時期、南側でも隷書の走り書きから成立した行書が整えられて発生した原初的な楷書が、南朝につながる東晋の王羲之や王献之によって行書とともに書道の一書体として定着し、すでに書体として完成されていました。

両者は、発生経路（南朝＝隷書→行書→楷書、北朝＝隷書→楷書）も発達経路（南朝＝書道の書体として発達、北朝＝漢字受容のうちに自然発達）も異なり、それぞれ独立して存在していましたが、書風の近似性から融合が進みました。また、隋以前より南朝の書法は北朝側にある程度知られており、南北統一により両者の融合が進み、六朝楷書は筆法や書法など技巧面で融合して発展的に消滅することになりました。

しかし、楷書成立に貢献したにもかかわらず、六朝楷書の書蹟は「異民族王朝の書蹟」として扱われ、忘れ去られていきました。

再評価

六朝楷書が再評価されたのは、1200年以上後の清代のことです。康熙帝の時代に始まった考証学は、考古学や文字学の分野にも進出し、書道にも影響を与えました。

18世紀中頃から「北碑」の出土や発見が相次ぎ、考証学者たちはそのレベルの高さと独特の書風に驚き、研究に没頭しました。

阮元は、「北碑」と「南帖」を比較して「南北書派論」「北碑南帖論」を唱え、北朝と南朝の書道の発展は異なり、模刻の連続で誤りが蓄積した南帖よりも、石に彫られて原形が残っている北碑の方が価値があると主張しました。これにより、六朝楷書にも注目が集まり、包世臣が絶賛、康有為も北碑の優秀性を認めて、六朝楷書の地位は確立されました。現在では、書道や書体研究、特に楷書の学習において、六朝楷書は不可欠な存在となっています。

日本での受容

古代における伝来

日本での六朝楷書の受容は、隋末から唐代初期にあたる飛鳥時代から奈良時代初期に、一部で北碑のような書蹟を経ない間接的な形で行われていたと考えられています。

大化2年（646年）の「宇治橋断碑」、文武天皇4年（700年）の「那須国造碑」、和銅4年（711年）の「多胡碑」などは、六朝楷書に近い雄渾な楷書の碑です。特に「多胡碑」は鄭道昭とよく似た円筆の書です。また、推古天皇23年（615年）筆の「法華義疏」も行書ではありますが、六朝楷書の意が入っていると言われています。

このように六朝楷書の影響が見られるのは、大陸文化の伝達経路が朝鮮半島経由であったことが関係しています。流入したのは百済の書法でしたが、朝鮮半島は中国大陸の北側に位置し、北朝との接触があったため、北朝寄りの文化を持っていました。つまり、朝鮮半島を通じて六朝楷書が間接的に伝わったのです。

一方、この時代には遣[[隋使]]や遣唐使により大陸との直接的な文化交流も開始され、南朝の伝統を受け継いだ唐代の書法も流入していました。そのため、六朝楷書と唐の書法＝北朝系と南朝系両方の書法が並立していたと考えられます。

しかし、遣唐使が回数を重ねて唐の文化が流入し、日本文化が唐風に傾くにつれて、南朝系の唐代書道が優勢となり、六朝楷書は自然消滅しました。

近代の再伝来

中国本土で忘れられていた六朝楷書は、明治13年（1880年）に清国公使に随行して来日した考証学者・楊守敬が、日本に流出した文献類を買収するための資金調達用として北碑の拓本を持参したことで再伝来しました。

これを見た日下部鳴鶴・中林梧竹・巖谷一六は衝撃を受け、新たな書法を試みました。彼らの六朝楷書に対する評価には異論もありましたが、その活動は日本の書道界に新風を吹き込み、後世に影響を与えました。

現在では、臨書だけでなく六朝楷書の筆法を用いた書も制作され、楷書の学習においても一度は触れるほど、身近な存在となっています。

中国での「魏碑体」

現在、中華圏で魏碑体として流通している書体は、1940年代後半に書家の陳留園氏が六朝楷書を基に作成したものです。上海駅で使用されたことから「鐵路體」「火車體」とも呼ばれています。

1964年、上海の出版社が周華進のレタリングを書体として出版することを提案し、編集者は周華進と「魏碑体」と呼べるかどうかを話し合いましたが、周は自分のスタイルは六朝楷書とは違うとして反対しました。最終的に「六朝楷書をベースにしながらも新しい」という意味で「新魏碑体」と呼ぶことになりました。

1973年、上海字模一廠が魏碑体を開発するようになり、韓飛青が選ばれました。この魏碑体は中華圏で標準化され、印刷物や看板などに広く使用されています。

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