彼方よりの挑戦

作品概要

『彼方よりの挑戦』（原題：The Challenge from Beyond）は、アメリカのSFファン向け雑誌『ファンタジー・マガジン』の1935年9月に出版された3周年記念号に掲載された、珍しいリレー形式の共作小説です。本作の執筆には、キャサリン・ルーシー・ムーア、エイブラハム・メリット、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト、ロバート・アーヴィン・ハワード、フランク・ベルナップ・ロングという、当時のジャンルを代表する5名の作家が参加しました。特に、第一線で活躍していたムーア、メリット、ハワードという著名な作家陣に加え、ラヴクラフトとロングが名を連ねたことは、非常にユニークな組み合わせとして注目されました。

物語は、ある奇妙な物体を発見した主人公が、それをきっかけに体験する常識を超えた出来事を描きます。この作品は、単なる作家の共同作業にとどまらず、特にH.P.ラヴクラフトにとっては、後に自身の代表作となる『時間からの影』で展開される重要なアイデア（精神交換、異星の知性体「イースの大いなる種族」など）を先行して提示する場ともなりました。また、クトゥルフ神話世界における重要な文献とされる「エルトダウン陶片」についても言及があり、これは別の作家リチャード・F・シーライトが生み出した概念をラヴクラフトが独自に取り入れたものです。

あらすじ

この物語は、5人の作家が章ごとにバトンをつなぐ形式で展開されます。

第1章（キャサリン・L・ムーア）: 大学で地質学を研究するジョージ・キャンベルは、長期休暇を利用してカナダの森林でキャンプを楽しんでいました。そこで彼は、不思議な立方体の水晶を拾い上げます。その水晶の中央には小さな円盤が埋め込まれており、表面には無数の文字が刻まれていました。人工物と思われる円盤が、長い年月をかけて形成される水晶の内部に存在しているという事実は、キャンベルにとって不可解極まりないものでした。

第2章（エイブラハム・メリット）: 発見した水晶を調べているうちに、キャンベルはさらなる異変に遭遇します。水晶は突如として音を発し、内部の円盤が不気味な燐光を放ち始めました。そして、キャンベルは抗う間もなく、その輝く水晶の内部へと吸い込まれてしまうのです。

第3章（H.P.ラヴクラフト）: 理解を超えた力によって、見知らぬ場所へと引きずり込まれる中、キャンベルの意識は過去の記憶を辿ります。かつて地質学の研究資料で、あの立方体水晶に似た何かについて読んだことがあることを思い出したのです。それは、約30年前にイギリスで発見された「エルトダウン陶片」と呼ばれる遺物に記されていた内容でした。ただし、その解読を行ったのは正統な科学者ではなく、アーサー・ブルック・ウィンタース＝ホール師という人物でした。

ウィンタース＝ホール師の解読によれば、広大な宇宙には、高度な知性を持つ芋虫状の生命体による帝国が存在するといいます。彼らは、宇宙のあらゆる惑星に立方体状の装置をばらまき、それに捕らえられた相手と精神を交換する能力を持っていました。もし、精神交換によって相手が自分たちの脅威となり得ると判断されれば、その種族は滅ぼされる運命にあるというのです。さらに、遥か太古、この水晶が地球に飛来した頃、地球には既に円錐体生物と呼ばれる種族が独自の文明を築いており、彼らは精神を時空を超えて旅させる別の技術を持っていました。円錐体生物は水晶の正体と危険性に気づき、それを厳重に封印したというのです。

こうした思考が巡る中、キャンベルは自分がどこか別の場所にいることに気づきます。そして、目の前にある鏡のような表面に映っていたのは、紛れもない自分自身の姿ではなく、見る者を畏怖させるような、巨大で淡い灰色の芋虫の姿でした。

第4章（ロバート・E・ハワード）: キャンベルは、自分自身の肉体から引き離され、別の生物の身体に閉じ込められていることを悟ります。遠く離れた地球の、抜け殻となった彼の体には、おそらくあの芋虫状生命体が入っているのだろうと推測します。キャンベルは、この新たな肉体での生を受け入れ、むしろそれを楽しもうと決意します。彼は芋虫生物「トート」の脳に刻まれた記憶の流れ込みから、自分がいる場所が惑星イェーキュブであることを知ります。トートとなったキャンベルは、この惑星で帝王として君臨することを決意します。まず手始めに、目の前にいる筆頭科学者のユークスに不意を突いて襲いかかり、殺害します。続いて、建物の奥深くに進み、イェーキュブの最高神が祀られている場所へと至ります。キャンベルは祭壇に鎮座する神を捕らえ、手中に収めます。芋虫状生命体には想像もつかないような、神への冒涜行為を地球人であるキャンベルは実行し、彼らの神を人質にとることで、この世界を支配しようと目論むのです。

第5章（フランク・B・ロング）: 一方、地球では、トートの精神が宿ったキャンベルの肉体が、おぞましい姿で這い回っていました。その体は野生の狐を噛み殺して貪り食い、やがて湖に入り込んで溺死します。後に、一人の漁師がその溺死体を発見します。その顔は確かに人間に似てはいましたが、獣としか言いようのないおぞましい表情を浮かべており、漁師は言葉にできない恐怖を覚えました。

イェーキュブの最高神は、地球に残されたキャンベルの肉体は、芋虫の精神によって自滅するだろうと予言します。そして、芋虫の帝国には、新たに賢明な指導者が誕生することを告げるのでした。

登場人物

ジョージ・キャンベル: 本作の主人公である大学の地質学者。奇妙な立方体水晶を拾ったことから運命が狂い始める。
アーサー・ブルック・ウィンタース＝ホール師: 1912年にエルトダウン陶片の解読を行った人物。
トート: 惑星イェーキュブに住む知性ある芋虫状生物。ジョージ・キャンベルと精神を交換する。
ユークス: イェーキュブの芋虫状生物の一人。科学者。
紅の最高神: イェーキュブの芋虫状生物が崇拝する神。祭壇に祀られており、球体状の姿をしている。

日本語訳収録

国書刊行会『真ク・リトル・リトル神話大系2』、改訂版『新編真ク・リトル・リトル神話大系2』（浅間健訳「彼方よりの挑戦」）
学研『文学における超自然の恐怖』（「彼方からの挑戦」名義）

彼方よりの挑戦