従千住花街眺望ノ不二

葛飾北斎の代表作として名高い『冨嶽三十六景』。その全46図の一つである「従千住花街眺望ノ不二」は、独特の視点と繊細な描写で知られています。落款には「前北斎為一筆」とあり、北斎自身の作品であることが示されています。

この作品は、日光街道と奥州街道の起点であった千住の花街から富士山を望む風景を描いています。現在の東京都足立区千住付近にあたりますが、描かれている花街の塀の造りは新吉原と酷似しており、場所については諸説あります。画面手前には大名行列が描かれ、その行列の進路と花街の位置関係から、千住大橋の南側、日光街道の小塚原縄手からの眺望ではないかという説が有力です。

大名行列は、国元への帰途につく武士たちと思われます。行列は統率が取れておらず、幾人かの武士は花街の方を振り返り、未練がましそうに眺めています。行列の後方には、猩猩緋（しょうじょうひ）の布を運ぶ人々がいます。この布は、鉄砲の包みと推測されています。さらにその後ろには、茅葺屋根越しに槍を持った人々が続きます。

画面の右端には、「千客万来」と書かれた茶屋があり、庶民が休憩しています。また、画面中央には、あぜ道に座って足を投げ出している町民の姿も描かれています。彼らは皆、興味深そうに大名行列を眺めています。田園風景は稲刈りが終わった後の様子で、初冬の情景が感じられます。

この絵の舞台となった千住には、名所として知られる日本堤があります。日本堤は、河村岷雪の『百富士』や歌川広重の『名所江戸百景』など、多くの絵師によって描かれてきました。しかし、北斎は定番の日本堤ではなく、少し離れた場所から富士山を眺めるという、独自の視点を選んでいます。この北斎らしい斬新な構図と、細密な描写が、この作品を傑作たらしめていると言えるでしょう。大名行列、庶民、そして富士山という、異なる階層の人々の生活と自然が、絶妙なバランスで描かれている点も、この絵の魅力の一つです。

北斎は、単なる風景画ではなく、当時の社会の断面を描き出しています。大名行列の後ろ姿、花街を振り返る武士、そしてそれを眺める庶民の姿は、それぞれの立場や思いを想像させ、絵に深みを与えています。また、秋の田園風景と富士山という、広大な自然の描写も、絵全体のスケール感を高めています。北斎の卓越した描写力と、独自の視点が融合した「従千住花街眺望ノ不二」は、何度見ても新たな発見がある、魅力的な作品です。

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