御館の乱

御館の乱：越後を揺るがした家督争いの全貌

御館の乱（おたてのらん）は、天正6年（1578年）に上杉謙信が急死した後、その跡目を巡って勃発した上杉家内部の争いです。謙信の養子であった上杉景勝（うえすぎかげかつ）と上杉景虎（うえすぎかげとら）が対立し、越後国（現在の新潟県）を舞台に激しい戦いが繰り広げられました。この内乱は、上杉家の勢力衰退を招き、周辺の戦国大名たちの勢力図にも大きな影響を与えました。

謙信の死と後継者問題

関東の覇権を目指す後北条氏は、武田氏、今川氏と三国同盟を結び、上杉氏と対立していました。その後、武田氏が今川氏を攻めると、北条氏は上杉氏と同盟を結び武田氏に対抗します(越相同盟)。北条氏から謙信の養子に入ったのが上杉景虎です。

天正6年（1578年）3月、上杉謙信が春日山城で急死します。謙信には実子がなかったため、誰を後継者にするのか、明確な遺言は残されていませんでした。そこで浮上したのが、景勝と景虎の二人です。景虎は、北条氏康の子で、上杉家と北条家の関係強化のために養子に入りました。一方、景勝は、謙信の姉の子であり、上杉家との血縁が深い人物でした。

二人の後継者候補

景虎を推す人々は、彼が謙信の初名である「景虎」を与えられたことや、寺社への礼状を送るなどの優遇措置を受けていたことを根拠としました。また、景虎が北条氏との取次役として重要な役割を担っていたことも重視されました。しかし、景虎に軍役が課されなかったことをもって後継者とするのは短絡的であるという見方もあります。

一方、景勝を推す人々は、彼が上杉一門衆の中でも最上位に位置づけられ、家中最大級の兵力を率いていたことを指摘しました。また、家臣たちが景勝を謙信への尊称である「御実城様」に類似した「御中城様」と呼んでいたことも、景勝が特別な地位を与えられていた証拠としました。さらに、景勝が上条上杉家の血を引いており、上杉家を継承する上で正統性があることも強調されました。

歴史研究者の乃至政彦は、景勝が家督を相続したものの、次世代の後継者である道満丸の養育を巡って対立が起こったと推測しています。また、歴史学者の片桐昭彦は、柿崎景家が景虎擁立のクーデターを企てたことが御館の乱の前兆であったとする説を提示しています。

御館の乱勃発

謙信の死後、景勝と景虎の対立は表面化し、小規模な衝突が起こるようになります。景勝は、いち早く春日山城の本丸を占拠し、後継者としての地位を確立しようとします。一方、景虎は三の丸に立て籠もり、北条氏に救援を求めました。4月に入ると、越後各地で両派の睨み合いが激化し、ついに御館の乱が勃発します。

景勝は、春日山城を掌握するとともに、謙信の印判や文書発給機構を掌握し、自らの正当性を主張しました。一方、景虎は独自の印判を使用し、北条氏や武田氏に見られるような文書様式を採用しました。

5月には、春日山城を舞台に両軍の激しい攻防が繰り広げられました。景虎は三の丸から退去し、御館に籠城して抵抗を続けました。その間、景勝と景虎は、越後国内の諸将に対する調略を展開し、自らの勢力拡大を図りました。

上杉家中の去就

景勝方には、直江信綱や斎藤朝信、河田長親といった謙信側近や旗本の過半数が加担しました。特に、直江氏や山吉氏といった大身の参陣は大きく、上杉家中で景勝が後継者と見なされていたことを示唆しています。一方、景虎方には、前関東管領・上杉憲政や上杉一門衆の多くが加担しました。また、北条高広や本庄秀綱ら謙信の旗本・側近で景虎に味方した者も少なくありませんでした。

周辺の戦国大名も、それぞれの思惑から景勝または景虎を支援しました。北条氏は、景虎の実家として、景虎支援に力を注ぎました。一方、武田氏は、当初景虎を支援しましたが、後に景勝と和睦し、上杉領の一部を割譲されることで手を打ちました。

景虎の滅亡と乱の終息

景勝方は、武田氏との同盟を成立させたことで、背後を気にする必要がなくなり、攻勢を強めます。逆に景虎方は、武田氏の離反や北条氏の援軍の遅れにより、次第に追い詰められていきます。天正7年（1579年）2月、景勝は配下諸将に御館への総攻撃を命じます。御館は落城し、景虎は鮫ヶ尾城に逃亡しますが、景勝方に寝返った城主・堀江宗親に攻められ、自害しました。

越後を二分した御館の乱は、景勝の勝利に終わり、景勝は謙信の後継者として上杉家の当主となりました。しかし、乱の終息後も、本庄秀綱や神余親綱らの抵抗が続き、最終的に乱が終息したのは、天正8年（1580年）のことでした。

周囲とその後への影響

御館の乱は、上杉家に深刻な負の影響を残しました。内乱によって上杉氏の軍事力は衰退し、織田信長などの周辺勢力からの侵攻に苦慮することになります。また、恩賞の配分を巡って、景勝方の武将間にも対立が生まれ、新発田重家の反乱を引き起こしました。さらに、武田氏が滅亡する遠因にもなりました。

御館の乱後、景勝は豊臣秀吉に臣従し、会津120万石に加増移封されました。しかし、秀吉の死後、関ヶ原の戦いで西軍に与したため、米沢へ減移封されることになります。信越に覇を唱えた上杉家も、景勝一代で東北の一大名へと没落しました。

御館の乱は、戦国時代の越後国を揺るがした大規模な内乱であり、上杉家の勢力衰退を招き、周辺の戦国大名たちの勢力図にも大きな影響を与えた出来事でした。

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