徳本

徳本（とくほん）：民衆に愛された念仏聖

徳本は、江戸時代後期の浄土宗の僧侶であり、念仏行者として知られています。俗姓は田伏氏、号は名蓮社号誉といい、紀伊国日高郡（現在の和歌山県日高町）で生まれました。徳本上人、または徳本行者とも呼ばれ、その熱心な念仏行によって多くの民衆から熱狂的な支持を集め、「流行神」と称されました。

生涯

1758年（宝暦8年）に生まれた徳本は、幼少の頃から仏教に親しみ、4歳の時には隣家の子の急死をきっかけに無常を感じ、常に念仏を唱えるようになったと伝えられています。16歳で修行を始め、27歳で往生寺にて得度し、徳本と称するようになりました。草庵に住み、1日1合の豆粉や麦粉を口にするだけで、ひたすら念仏を唱え続けたといいます。また、水行や崖をよじ登るなど、過酷な修行も行ったとされています。独学で念仏の奥義を悟り、1794年（寛政6年）頃から全国行脚を開始しました。

巡礼の際には、道歌や俗歌を交えて教えを説いたため、民衆から大きな支持を得ました。彼の念仏は、木魚と鉦を激しくたたくという独特のもので、「徳本念仏」と呼ばれています。1803年（享和3年）には京都法然院で剃髪し、その後江戸に出て、さらに各地を巡錫しました。その人気は非常に高く、生き仏を拝むかのように、一般大衆から大名まで広く崇敬されました。

徳本の巡錫は、近畿、東海、関東、中部、北陸など広範囲に及び、その足跡を示す石碑（名号塔・念仏碑・念仏塔）は、全国に1500基以上も確認されています。徳本は独特な字で「南無阿弥陀仏　徳本」と書き、それを信者たちに分け与え、その名号を刻んだのが名号塔です。

1814年（文化11年）、江戸増上寺典海の要請により、江戸小石川伝通院の一行院に住み、庶民に十念を授けるなど教化に努めました。特に大奥の女中たちからの帰依が厚かったといわれています。1818年（文政元年）に60歳で没し、墓所は一行院にあります。

徳本の足跡

誕生院（和歌山県日高町）： 徳本の誕生地にある寺院で、徳本を祀っています。本堂には、徳本上人木造坐像などゆかりの品が多数所蔵されています。
徳本上人誕生地遺跡： 誕生院の石段下にある石碑で、県の史跡に指定されています。
信濃（長野県）における名号塔： 徳本の名号塔が最も多く建立されたのは信濃であり、長野県には429基確認されています。これは2位の和歌山県（121基）を大きく引き離しています。

徳本が信濃を巡錫したのは1816年（文化13年）で、善光寺の脇にある寛慶寺には異例の長期滞在をしました。西方寺や寛慶寺で多くの名号札を配布しています。

小林一茶と徳本

俳人の小林一茶は、徳本を敬慕しており、日記にそのことを何度も記し、句にも詠んでいます。一茶は、1804年（文化元年）に霊山寺で徳本の教化を受け、句を詠んでいます。その後、1816年（文化13年）に徳本が信濃を訪れた際にも、一茶は十念を受けています。

一茶は徳本の名を句にも詠み、1821年（文政4年）に徳本が亡くなった後も、その死を悼む句を詠みました。一茶は、徳本の弟子たちが「徳□」と名乗り、上人に倣って名号碑を残すのを「偽徳本」と捉えていたようです。

その他

1816年（文化13年）、上州遊行の途中、武州児玉郡本庄宿の円心寺で念仏百唱会を行い、1400人の信者が集まりました。
同じく1816年（文化13年）には、信州松本に滞在し、28,000人以上の人々に教えを説きました。
十一代将軍・徳川家斉の実父、一橋治済の帰依が篤かったとされています。



徳本は、その独特な念仏と人柄によって、江戸時代の人々に大きな影響を与えた僧侶でした。彼の足跡は、全国各地に残る名号塔を通して、今も私たちに語りかけています。

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