志村正順

志村正順：昭和のスポーツ中継を彩った名アナウンサー

志村正順（しむらせいじゅん）は、昭和時代のNHKアナウンサーとして、主に大相撲やプロ野球の実況中継で活躍した人物です。その軽快な語り口と正確な情報伝達で、多くのリスナー・視聴者を魅了しました。本記事では、彼の波瀾万丈な人生と、日本のスポーツ中継史に刻まれた功績について掘り下げていきます。

早期の人生とNHK入局

1913年、東京に生まれた志村は、幼少期から青年期にかけて、僧侶を目指したり、大学に進学したりと、様々な経験を積みます。1936年、NHKアナウンサー採用試験に合格し、東京中央放送局に入局。河西三省、松内則三らベテランアナウンサーに師事し、アナウンス技術を磨いていきました。

スポーツ中継での活躍

志村のNHKでのキャリアは、スポーツ中継、特に野球と大相撲に深く結びついています。1936年には、東京巨人軍の沢村栄治投手の投球を初めてラジオで実況。その独特なフォームを的確な言葉で描写し、聴衆を興奮の渦に巻き込みました。

大相撲中継では、放送開始前に国技館に通い、幕下の取組を観察し続けることで、実況の腕を磨きました。戦後まもなく、少年誌『野球少年』に「誌上放送」と題した連載を開始。試合の推移を速記風に書き綴ったこのエッセイは、多くの読者から支持を集め、人気を博しました。

1951年、大相撲中継で、偶然客席にいた元力士の神風正一をゲスト解説に招いたことは、日本のスポーツ中継史における画期的な出来事でした。それまでアナウンサーのみで行われていた中継に、専門的な知識を持つ解説者を起用するというスタイルが確立されたのです。その後も、小西得郎といった名解説者とのコンビで、数多くの名勝負を実況しました。

1952年のヘルシンキオリンピックでは現地から実況を担当。帰国後、アメリカでジョー・ディマジオの解説付き実況を観察し、日本のスポーツ中継にも同様のシステムを導入するよう提案。その結果、小西得郎の起用へとつながりました。1953年には、NHKテレビ開局の第一声を務め、同年に第1回和田賞を受賞しています。

晩年と功績

1967年にNHKを退職した志村は、マンション経営に転身し、表舞台から姿を消しました。しかし、その功績は後世に語り継がれ、2005年には野球殿堂の特別表彰者として選出。放送関係者としては初の栄誉でした。90歳を超えていたにもかかわらず、表彰式には自らの足で出席し、多くのファンから祝福を受けました。

2007年、老衰のため94歳で逝去。生前の献体登録に基づき、医学の発展に貢献しました。彼の遺志は、昭和時代のスポーツ中継を彩った数々の名実況とともに、長く人々の記憶に刻まれることでしょう。

エピソード

志村の生涯には、数々の興味深いエピソードが残されています。1943年、出陣学徒壮行会の実況放送では、二日酔いでアナウンス不能になった和田信賢アナウンサーに代わり、急遽担当することになりました。この出来事は、彼のキャリアにとって大きな転換点となりました。

1958年の日本シリーズでは、試合中断中に発生した観客の暴動を冷静に鎮圧し、放送を継続したという逸話も伝えられています。1959年の天覧試合の実況中継では、緊張から声がかすれたことが、第一線からの引退を決意するきっかけになったと語っています。

影響と評価

志村のアナウンス技術は、多くの後輩アナウンサーに影響を与えました。越智正典や鈴木文彌らからは、具体的な指導を受けたという証言が残されています。また、大江健三郎、石原慎太郎、寺山修司といった著名な作家たちも、少年時代に「誌上放送」を愛読していたことを公言しています。

志村正順は、単なるスポーツ実況アナウンサーではなく、時代の変化を的確に捉え、日本のスポーツ中継の進化に大きく貢献したパイオニアでした。その功績は、現在も日本の放送界に大きな影響を与え続けています。彼の生き様と業績は、これからも多くの人々に語り継がれることでしょう。

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