怡土城

怡土城（いとじょう）

怡土城は、福岡県糸島市に位置する古代山城で、国の史跡に指定されています。高祖山の西斜面に築かれたこの城は、奈良時代に中国式の山城として建設され、その特異な構造や歴史的背景から、古代史を研究する上で重要な遺跡とされています。

概要

怡土城は、糸島市と福岡市の境界に位置する高祖山（標高416メートル）の西斜面に築かれた古代山城です。756年から768年にかけて築城されたとされ、文献によれば、吉備真備と佐伯今毛人がその建設に携わったとされています。1936年以降、発掘調査が重ねられており、城の構造や当時の生活を知る上で貴重な資料が多数発見されています。

城は高祖山の西斜面にたすき状に構築されており、北西尾根線と南西尾根線には望楼跡が、西山裾には約2キロメートルにわたる土塁線が残っています。出土品としては、瓦片、土器片、塼片などが多数発見されています。他の古代山城が飛鳥時代に築かれたのに対し、怡土城は奈良時代の築城であり、また朝鮮式ではなく中国式の山城である点が特徴です。さらに、築城担当者や期間が文献に明記されている点も、他の古代山城と比較して特筆すべき点です。

歴史

築城

『続日本紀』によれば、怡土城の築城は以下の流れで進められました。

756年6月：大宰大弐の吉備真備が築城の責任者に任命され、築城が開始されました。
759年3月：吉備真備が大宰府の防衛に関する不安を朝廷に訴え、東国防人の復活と西国防人の怡土城築城への従事を求めました。
764年1月：吉備真備が造東大寺長官に任命され、都へ帰京。
765年3月：大宰大弐の佐伯今毛人が築怡土城専知官に任命され、築城が継続されました。
768年2月：怡土城が完成しました。

築城の目的は明確ではありませんが、有力な説としては、唐の安禄山の乱に対する備えとする説と、対新羅政策の一環とする説があります。しかし、怡土城が実際に実戦で使用されることはありませんでした。築城を担当した吉備真備は、遣唐使として二度唐に渡った経験があり、その知識が城の建設に活かされたと考えられています。また、当時の朝廷では、吉備真備は藤原仲麻呂の政敵であり、怡土城の築城は、吉備真備を大宰府に留めるための政略的な側面もあったとされています。

糸島地方は古代には「伊都国」として知られ、古くから栄えていました。怡土城は、官道や主船司、日向峠越ルートなどを視野に入れて築城されたと考えられています。また、近隣には雷山城といった他の古代山城も存在し、怡土城が築かれた時代にも、烽火としての役割を果たした可能性があります。

古代

怡土城の築城後の歴史については、文献資料が少なく、詳しいことは分かっていません。しかし、発掘調査によれば、少なくとも9世紀初頭までは城として機能していたと推測されています。

高祖山の山腹には、高祖神社が鎮座しており、古代山城と古代神社が重複する例として知られています。周辺には、主船司に関連する周船寺など、古代に遡る遺称地が残っています。また、金武青木A遺跡からは、怡土城の長官クラスへの伝達木簡が出土しており、当時の行政組織をうかがい知ることができます。

中世

中世には、この地を治めた原田氏が怡土城を再利用し、高祖城を築城しました。この高祖城は、1353年の古文書に「原田城」として登場し、1587年に豊臣秀吉の九州征伐により廃城となりました。

近代以降

近代以降、怡土城は以下のように歴史を刻んでいます。

1936年：九州帝国大学による発掘調査が開始されました。
1938年：国の史跡に指定されました。
1944年：史跡範囲が追加指定されました。
1970年：梅雨前線豪雨により土塁の一部が崩壊しました。
1972年以降：継続的な発掘調査が行われています。
2007年：史跡範囲が再び追加指定されました。

遺構

怡土城は、高祖山の西斜面に広がる広大な城域を有し、約280ヘクタールにも及びます。たすき状に構築された城郭は、中国式山城の特徴を示しており、攻撃的な構造を持つと考えられています。

城壁

高祖山の西裾には、約2キロメートルにわたる土塁が築かれています。土塁は、強度を高めるために、濃縮海水と石灰系材料が混ぜ込まれている可能性があります。また、土塁の外側には幅約10～15メートルの濠が設けられており、かつては水が流れていたと推測されています。一部では、土塁の内側にも濠が存在したとされています。

城門

怡土城には、以下の城門が存在したと考えられています。

大鳥居口：城域南部に位置し、高祖神社への参道口にあります。礎石が確認されています。
染井口：城域北西部に位置し、礎石が発見されています。
大門口：城域西部に位置し、『改正原田記』に記述がありますが、詳細は不明です。
小城戸口：城域南部に位置し、『改正原田記』に記述がありますが、現在は痕跡が残っていません。

水門

城壁には、城内の水を外部に排出するための水門が設けられていました。これらの水門は、浸透式の「盲水門」と呼ばれる構造で、石を敷き詰めて水を排出する方式が採用されていました。

望楼

怡土城には、複数の望楼跡が残っています。

一ノ坂礎石群：城域南東部に位置し、15個の礎石が発見されています。
第1望楼（草野陣鐘撞礎石群）：城域北東角に位置し、9個の礎石が確認されています。
第2望楼（相鐘礎石群）：城域北辺に位置し、10個の礎石が発見されています。
第3望楼（下ノ鐘撞礎石群）：城域北辺に位置し、7個の礎石が発見されています。
第4望楼（古城礎石群）：城域北辺に位置し、礎石は残っていませんが、柱穴群が発見されています。
第5望楼（丸尾礎石群）：城域北西角に位置し、9個の礎石が確認されています。
縣庄礎石群（鐘庄礎石群）：城域南西辺に位置し、5個の礎石が発見されています。

また、『改正原田記』には、伊勢城戸周辺に矢倉があったとされています。さらに、高祖山の山頂付近では、奈良時代の須恵器片や瓦片が発見されており、この付近にも礎石群が存在した可能性が高いと考えられています。

出土品

怡土城跡からは、多量の瓦が出土しています。その多くは平瓦で、完形品の平瓦は、長径約41センチメートル、短径約31センチメートル、厚さ約5センチメートル、重さ約10キログラムにもなります。瓦窯の所在地は特定されていませんが、末永地区や福岡市元岡地区で、怡土城と同じ瓦が出土しています。

文化財

怡土城は、以下の文化財に指定されています。

国の史跡：怡土城跡（1938年指定）
糸島市指定有形文化財：末永出土鬼瓦（2008年指定）

考証

怡土城の築城目的については、明確な記録が残っていませんが、以下の2つの説が有力です。

安禄山の乱に対する備え：755年に勃発した安禄山の乱に備え、日本への侵攻を防ぐために築城されたという説。ただし、乱の報告が築城開始後であったため、否定的な意見もあります。
対新羅政策の一環：当時関係が悪化していた新羅に対抗するために築城されたという説。特に、藤原仲麻呂政権下で新羅征討計画が準備されていた時期と重なる点から、この説を支持する声も多いです。ただし、裏付けとなる資料は発見されていません。

また、吉備真備と佐伯今毛人が肥前守の経験者であることから、怡土城は朝廷への帰属意識が低い肥前地方を威圧する目的もあったという説も存在します。

現地情報

所在地

福岡県糸島市高来寺・大門・高祖

交通アクセス

JR筑肥線 周船寺駅からバスを利用
高来寺側登り口：コミュニティバス「高来寺」バス停下車
高祖神社側登り口（怡土城址碑）：コミュニティバス「高祖」バス停下車

関連施設

伊都国歴史博物館：怡土城跡の出土品を保管・展示

周辺

高祖山
高祖城
高祖神社
三雲・井原遺跡
* 曽根遺跡群

まとめ

怡土城は、奈良時代に築かれた古代山城であり、その独特な構造や歴史的背景から、古代日本の政治、軍事、文化を理解する上で重要な遺跡です。国の史跡にも指定されており、多くの研究者や歴史愛好家から関心を集めています。

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