悔悛するマグダラのマリア (ティツィアーノ、サンクトペテルブルク)

ティツィアーノ作『悔悛するマグダラのマリア』

イタリア・ルネサンスの巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1565年頃に描いた油彩画『悔悛するマグダラのマリア』は、その卓越した技巧と深い精神性が融合した傑作として知られています。本作は、マグダラのマリアが悔悟の涙を流す姿を描いた一連の作品の一つであり、現在、サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館に所蔵されています。

作品の来歴

マニエリスム期の画家であり伝記作家のジョルジョ・ヴァザーリは、1566年にティツィアーノの工房を訪れた際、スペイン国王フェリペ2世の注文で描かれた『悔悛するマグダラのマリア』に感銘を受けたと記しています。しかし、この作品は貴族のシルヴィオ・パドエルに買い取られ、代わりに複製がフェリペ2世に送られました。このオリジナルと複製は現存しませんが、本作は2番目の複製と考えられています。

ティツィアーノは生前、この作品を工房に置いていましたが、画家の死後、1581年に息子のポンポニオによって、他の作品とともにクリストファロ・バルバリーゴに売却されました。その後、1850年にバルバリーゴ・コレクションからエルミタージュ美術館に収蔵されました。

マグダラのマリアとは

「ルカによる福音書」によれば、マグダラのマリアはイエス・キリストによって七つの悪霊を追い出された人物であり、キリストの磔刑と復活に立ち会ったとされています。彼女はまた、マルタの妹のマリア、パリサイ人シモンの家でキリストの足に香油を塗ったマリアとしても同一視され、瞑想的な苦行者、選ばれし者、悔悛する罪人といった多面的なイメージを持っています。本作の図像は、マリアがマルセイユに移り、30年余り荒野で悔悛の生活を送ったという伝説に基づいています。

美術におけるマグダラのマリア

マグダラのマリアは中世以降、数多くの美術作品の主題として描かれてきました。中世後期には、主に「キリストの磔刑」図でキリストの足元で悲嘆する姿で描かれましたが、中世末からルネサンス期には、「十字架降架」、「キリストの埋葬」、「キリストの復活」、「ノリ・メ・タンゲレ」など、描かれる場面も多岐に渡るようになりました。「悔悛する」姿で描かれることが多くなったのは、トリエント公会議以降です。

作品の特徴

1533年頃の『悔悛するマグダラのマリア』（パラティーナ美術館蔵）とは異なり、本作ではマリアの裸体は衣服で覆われ、官能的ながらも抑制の効いた表現となっています。しかしながら、作品全体には官能性が色濃く漂っています。同時に、メメント・モリ（死を想え）の概念を表すために、花瓶、開かれた本、頭蓋骨が描き込まれています。人物像と調和した色彩の使い方は、パラティーナ美術館の作品よりも成熟した表現が見られます。背景の空は夕日の光線に照らされ、暗い岩がマリアの姿を際立たせるコントラストを生み出しています。また、本作はナポリのカポディモンテ美術館にある『悔悛するマグダラのマリア』（1550年頃）と非常に類似しています。

ティツィアーノのマグダラのマリア

ティツィアーノは、マグダラのマリアを生涯にわたり繰り返し描いており、それぞれの作品で異なる解釈を試みています。本作はその中でも特に、官能性と精神性、光と影の対比が際立つ傑作と言えるでしょう。

参考資料

五木寛之編著『NHK エルミタージュ美術館 2 ルネサンス・バロック・ロココ』、日本放送出版協会、1989年刊行 ISBN 4-14-008624-6
『ナポリ宮廷と美　カポディモンテ美術館展－ルネサンスからバロックまで―』、国立西洋美術館、イタリア文化財省・カポディモンテ美術館、TBS、東京新聞、2010年　ISBN 978-4-906536-54-2
(ポーランド語) Wielkie muzea. Palazzo Pitti, wyd. HPS, Warszawa 2007, ISBN 978-83-60688-42-7
(ポーランド語) J. Szapiro Ermitraż (translated Maria Dolińska), Wydawnictwo Progress, Moskwa, 1976
* Web Gallery of Artサイト、ティツィアーノ『悔悛するマグダラのマリア』 (英語)

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