慈恵医大青戸病院事件

慈恵医大青戸病院事件

慈恵医大青戸病院事件は、2002年に東京慈恵会医科大学附属青戸病院（現：東京慈恵会医科大学葛飾医療センター）で発生した、医療過誤による死亡事件です。当時、高度先進医療として注目されていた腹腔鏡下前立腺摘出術が、経験の浅い医師によって行われたことが悲劇を招きました。

事件の経緯

手術前の状況

2002年11月8日、前立腺癌と診断された60歳の男性患者に対して、腹腔鏡下前立腺摘出術が計画されました。腹腔鏡下手術は、開腹手術に比べて術後の回復が早いというメリットがある一方、術野が狭く、高度な技術を要するというデメリットがありました。当時、同大学では高度先進医療を行う際、倫理委員会の承認が必要でしたが、この手術では承認を得ていませんでした。

診療部長であった助教授は、当初、指導医を招聘するよう指示しましたが、執刀医、第一助手、第二助手は「新しい手術に挑戦し、実績を上げたい」という強い希望を示しました。しかし、執刀医は腹腔鏡下前立腺摘出術の助手経験のみで、執刀経験はなく、第一助手と第二助手に至っては、手術経験も手術見学の経験もありませんでした。

手術の実施

手術は2002年11月8日9時40分頃に開始されました。手術には研修医と医療メーカーの社員が立ち会い、機材のマニュアルを確認しながら進められました。12時頃、術中に静脈損傷が発生し、止血処置が難航し、出血が止まらない状態が続きました。16時過ぎに執刀医が開腹手術への移行を提案しましたが、主治医でもあった第二助手が手術続行を主張。18時過ぎに再度執刀医が開腹手術への移行を提案しましたが、手術はそのまま続行されました。19時50分頃にようやく前立腺を摘出しましたが、その後も出血は止まりませんでした。

20時50分頃、麻酔科医から開腹手術への移行を強く要請されましたが、3人はこれを無視し、止血処置を怠りました。患者の血液型はAB型でしたが、病院にはAB型の輸血製剤の在庫がなく、麻酔科医が日本赤十字社に緊急輸血を依頼するも間に合いませんでした。22時35分頃、手術は終了しましたが、患者の血圧は低下し続け、23時17分頃には一時心拍停止となりました。心臓マッサージにより一時的に心拍は維持されたものの、手術室を退室後も予断を許さない状況が続きました。

手術後の経過

術後、患者は低酸素脳症による脳死状態となり、意識が回復することなく、約1ヶ月後の12月8日に死亡しました。

刑事裁判

逮捕と起訴

2003年9月25日、警視庁は執刀医、第一助手、第二助手を業務上過失致死容疑で逮捕し、診療部長と麻酔科医2人を書類送検しました。同年10月15日、東京地検は執刀医、第一助手、第二助手を業務上過失致死罪で起訴しました。診療部長は起訴猶予、麻酔科医2人は不起訴処分となりました。

第一審

2003年12月25日、東京地裁で初公判が開かれました。執刀医と第二助手は起訴事実を大筋で認めましたが、第一助手は「大量出血にて死亡に至ることは予見できなかった」として無罪を主張しました。弁護側は、術中管理の責任を負う麻酔科医が適切な輸血指示を怠った過失が大きいとも主張しました。2006年6月15日、東京地裁は、第二助手に禁錮2年6月・執行猶予5年、執刀医と第一助手に禁錮2年・執行猶予4年の判決を言い渡しました。

控訴審

第一助手、第二助手、執刀医は第一審判決を不服として控訴しましたが、後に執刀医は控訴を取り下げ、禁錮2年・執行猶予4年の有罪判決が確定しました。2007年6月7日、東京高裁は第一助手に対し、一審判決を破棄し、禁錮1年6月・執行猶予4年の判決を言い渡しました。

大学側の処分と行政処分

2003年12月26日、東京慈恵会医科大学は、診療部長、執刀医、第二助手を懲戒解雇、第一助手を出勤停止10日間の処分としました。2004年3月18日、厚生労働省医道審議会は、執刀医と第二助手に医業停止2年、診療部長に医業停止3ヶ月の行政処分を行いました。

教訓

慈恵医大青戸病院事件は、医療現場におけるチーム医療の重要性、医師の経験不足や連携不足が患者の生命を脅かす可能性があることを示唆しています。また、高度先進医療を行う際には、倫理的な配慮や安全管理体制の確立が不可欠であることを改めて認識させられる事件となりました。

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