憂鬱なる党派

『憂鬱なる党派』：昭和の激動期を生き抜いたインテリゲンチャの悲劇

高橋和巳の長編小説『憂鬱なる党派』は、1950年代前半の激動の時代を生きた急進的な学生インテリゲンチャの苦悩と崩壊を鮮やかに描いた作品です。1959年から1960年にかけて同人誌『VIKING』に連載された後、1965年に単行本として刊行されました。文庫版は新潮文庫、河出文庫から上下巻で出版されています。

小説は、広島で原爆によって家族を失った西村恆一という男を中心に展開します。彼は原爆犠牲者の列伝を執筆するため、地方の教師を辞め、7年ぶりに大学時代の友人たちと再会を試みます。しかし、再会した友人たちは次々と破滅へと突き進んでいきます。

物語のあらすじ

西村は、原稿を携え大阪のスラム街・釜ヶ崎に身を寄せます。そこで娼婦の山内千代と出会い、旧友たちと次々と再会していきます。しかし、西村の出版計画はことごとく頓挫し、友人たちはそれぞれに悲惨な運命を辿ります。

かつてスパイ容疑で自殺した古志原の七回忌の席上で同志の再結集を図るも失敗した古在秀光は、労働組合を立ち上げますが敗北し、会社を辞職します。
保険金の横領が発覚寸前に迫った藤堂要は、自首を選びます。
吹田事件の裁判が終わりに近づいた村瀬定市は、裁判所の受付で自殺します。
結核で病床にある岡屋敷恒造は、絶望のうちに命を絶ちます。
* 日浦朝子は、学生運動から離れ、平凡な結婚を選びます。

西村の友人の中で、挫折を免れたのは放送局員の蒔田と、アメリカ留学を目指す心理学者・青戸俊輔だけです。しかし、彼らの心にも深い傷痕が残されています。

西村の妻・千津子は、夫の行方を捜し大阪にやってきますが、西村の破滅的な思想と現実逃避を目の当たりにし、幼い子供たちを置いて姿を消します。西村自身も堕落し、バタ屋や猥本書きで生計を立てるようになります。

西村は、かつて原爆投下時に、瀕死の妹を荼毘に付したという過去を告白します。この罪悪感と、自身の存在意義を見出せない苦悩が、彼の破滅的な行動を駆り立てます。

釜ヶ崎で起きた暴動に巻き込まれた西村は、かつての学生運動の闘争心を呼び覚まされたかのように日雇い労働者を先導し、警察に拘束されます。釈放後3日、彼は急性白血病で亡くなります。西村の遺稿は、彼の娘によって紙飛行機として空に舞います。

登場人物

主要人物は、主人公の西村をはじめ、古在、日浦、藤堂、岡屋敷、青戸、村瀬、蒔田など多様な個性を持ち、それぞれが複雑な過去と葛藤を抱えています。山内千代や西村の妻・千津子といった周辺人物も物語を彩ります。

高橋和巳と学生運動

この小説には、高橋和巳自身の京都大学での学生運動経験が色濃く反映されています。西村のハンガーストライキは、高橋自身の体験に基づいています。また、「古志原直也リンチ事件」は、彼が体験した全学連大会での集団暴行事件をモデルにしています。

執筆と発表

『憂鬱なる党派』は、当初『VIKING』誌に連載されましたが、途中で中断されました。その後、大幅な改稿を経て単行本として刊行されました。高橋自身は、この作品に8年の歳月を費やしたと語っています。

転向文学論争

この小説は発表後、「転向文学」であるという批判を受けました。高橋はこれを否定し、自身の思想を明確に主張する論争を展開しました。

時代背景と評価

『憂鬱なる党派』は、1950年代後半の高度経済成長期という時代背景の中で、戦後日本の現実と理想の乖離、そして若者たちの挫折と絶望を描いた作品です。様々な批評家が、その時代背景、登場人物の描写、文体について多角的な分析を行っています。西村の行動や思想、友人たちの破滅、そして小説全体の構造について、様々な解釈が提示されています。作品全体は、悲劇的な結末を迎えるものの、戦後日本社会への鋭い批判と、失われた理想への深い郷愁が感じられる、力強い作品と言えるでしょう。

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