成島司直

成島司直：幕府正史編纂と波乱の生涯

成島司直（なるしま もとなお、1778年-1862年）は、江戸時代後期の儒学者、歴史家、そして政治家として知られる人物です。幕府の奥儒者として仕え、従五位下・図書頭まで昇進しました。その名を歴史に刻む最大の功績は、間違いなく『御実紀』（通称『徳川実紀』）の編纂における中心的役割でしょう。

司直は、書物奉行を務めた成島勝雄の子として生まれました。幼少期から優れた才能を示し、寛政7年（1795年）には奥儒者見習いとなり、着実にキャリアを積んでいきます。享和元年（1801年）、林述斎を総括とする『御実紀』の編纂事業が始まると、司直はその実務を担うことになります。編纂本部はなんと司直の私邸に置かれたほど、その重要性が認識されていたのです。

司直は明暦の大火による史料不足、徳川氏寄りの記述、年紀の混乱といった困難に直面しながらも、その高い編集能力を発揮しました。史料の原文をできる限り尊重しつつ、簡潔で要を得た平仮名交じりの文章で統一された『御実紀』は、近世史研究の礎となる重要な文献として高く評価されています。

文政年間（1818-1831年）、司直は林家の事実上の世襲とされてきた奥儒者（将軍の侍講）に抜擢されます。これは前例のない異例の人事でした。その後も、養子筑山、養孫柳北らと親子三代に渡って『御実紀』編纂事業に携わるなど、その功績は絶大なものでした。

天保3年（1832年）、11代将軍徳川家斉から『三河後風土記』の校訂増補を命じられ、『改正三河後風土記』全42巻を完成させ献上するなど、その活躍は多岐に渡ります。天保12年（1841年）、家斉の死去後、12代将軍家慶の信任を得て、政治にも進言するようになります。同年、御広敷用人次席格、図書頭に任じられ、絶頂期を迎えます。しかし、皮肉にも『御実紀』完成間近の天保14年（1843年）、突如として御役御免、隠居謹慎を言い渡され、失脚します。その理由は不明瞭なまま現在に至っており、様々な憶測が飛び交っています。

失脚後、司直は幕府に再び仕えることはありませんでしたが、学者としての名声は保ち続けました。嘉永2年（1849年）、養子筑山が『御実紀』副本を完成させたことで、成島家は名誉回復を果たします。司直自身は文久2年（1862年）に亡くなりましたが、その生涯は、幕府正史編纂という偉業と、謎に包まれた失脚という対照的な側面を併せ持つ、ドラマチックなものであったと言えるでしょう。

司直は、学問への飽くなき探究心と、優れた編集能力、そして政治への関与など、多様な才能を持っていました。漢学や日本史に精通していただけでなく、西欧の事物にも造詣が深く、日本における写真術の初期の発展にも関与したと言われています。和歌にも優れ、『司直詠草』などの歌集も残しています。その博識ぶりは、多くの弟子や友人、そして当時の知識人たちを魅了したに違いありません。司直の残した数々の著作や、その波乱に満ちた生涯は、今もなお人々の関心を集め続けているのです。

彼の業績は『御実紀』の編纂にとどまりません。『改正三河後風土記』、『琉球録話』、『司直詠草』など、多様な分野にわたる著作を残しており、その幅広い知識と才能をうかがい知ることができます。これらの業績は、後の研究者たちに多大な影響を与え、江戸時代の文化や歴史を理解する上で欠かせないものとなっています。成島司直という人物は、単なる幕府の官僚ではなく、江戸時代を代表する多才な知識人であったと言えるでしょう。

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