戦車競走

戦車競走：古代世界のスピードと栄光、そして終焉

戦車競走は、古代ギリシアおよびローマ帝国において圧倒的な人気を誇ったスポーツでした。馬と御者の技量が試されるだけでなく、重傷や死の危険も伴う、現代のモータースポーツにも匹敵するスリリングな競技でした。その危険性ゆえに、観客は手に汗握りながらレースの行方を見守ったことでしょう。

組織化された競争：プロスポーツの原型

ローマ時代の戦車競走は、現代のプロスポーツにも通じる組織的な側面を持っていました。強力な財政的支援を受けたチームが存在し、特に優れた御者はチーム間で激しい争奪戦を繰り広げました。各チームには熱狂的なファンがおり、チーム間の対立はしばしば騒乱へと発展し、時には政治問題にまで発展する事例もありました。有名なニカの乱はその最たる例です。そのため、ローマ帝国、そして後継国家である東ローマ帝国の皇帝たちは、これらのチームを厳しく監視し、統制下に置く必要がありました。

西ローマ帝国の滅亡とともに西欧では衰退した戦車競走でしたが、東ローマ帝国では存続し、現代の繋駕速歩競走の起源ともなったと言われています。また、ドイツのボードゲーム「アベ・カエサル」も、戦車競走をモチーフとして作られました。

戦車競走の起源：神話と歴史

戦車競走の起源は定かではありませんが、戦車そのものの誕生と同時期に遡ると考えられています。ミケーネ文明時代の陶器には戦車競走を描いたものがあり、その存在を示しています。

最も古い文字記録としては、ホメロスの『イリアス』に登場するアキレウス主催のパトロクロスの葬送競技が挙げられます。ディオメデス、アンティロコスなどの英雄たちが参加したこのレースは、木の切り株を折り返す二頭立ての競走で、勝者には女奴隷や大釜などの豪華な賞品が贈られました。これは当時、葬送儀礼において競技会を開催することが一般的であったことを示しています。

ペロプスの神話も戦車競走の起源と関連づけられています。ピサのオイノマオス王は娘ヒッポダメイアの求婚者たちに対し、戦車競走を課し、敗者には死を宣告しました。ペロプスは策略を用いてオイノマオス王を破り、この勝利を記念して競技会を始めたとされています。オリンピアのペロピオン聖域にはペロプスにまつわる多くの遺物が残っており、その重要性がうかがえます。

古代オリンピックにおける戦車競走

古代オリンピックをはじめとする汎ギリシア規模の競技祭典では、4頭立て（テトリッポス）と2頭立て（シノリス）の戦車競走が重要な競技として行われました。レースは、競技場（ヒッポドローム）への行列から始まり、御者とオーナーの名前が読み上げられました。オリンピアの競技場は、約600ヤードの長さと約300ヤードの幅を有し、最大60台の戦車が同時に走ることができました。

レースは、スタートゲート（ヒュスプレギス）から始まり、複雑な機械装置を用いて、外側の戦車が内側の戦車よりも先にスタートする仕組みとなっていました。レースの開始は「鷲」と「イルカ」と呼ばれる装置によって示され、これらの装置は周回数を示す役割も担っていました。御者は、他のオリンピック競技とは異なり、衣服を着用していました。これは、粉塵や事故から身を守るための安全上の措置だったと考えられています。

戦車は、戦闘用の戦車を改造したもので、2つの車輪を持つ屋根のない木製のカートでした。激しい振動に耐えながら、御者はその腕を振るいました。特に危険だったのは、競技場の両端にある折り返し点です。馬の暴走や衝突事故はしばしば発生し、命の危険を伴うものでした。

ミケーネ時代は御者とオーナーが同一人物でしたが、汎ギリシア競技会時代にはオーナーが奴隷に操縦を任せ、優勝賞品はオーナーが受け取るようになりました。しかし、このルールは女性が技術的に勝利する可能性も残していました。スパルタ王の娘キュニスカは、戦車競走で2度の勝利を収めています。

戦車競走は、ギリシアにおいて富を誇示する場でもありました。莫大な費用がかかるため、批判の対象となることもありました。アテナイで開催されたパンアテナイア競技会では、戦車競走の優勝者には大量のオリーブ油が賞品として贈られました。パンアテナイア競技会では、「アポボタイ」や「アナボタイ」と呼ばれる、御者が戦車から飛び降りて走る特殊な形式の競走も行われました。

ローマ時代の戦車競走

ローマ人たちは、エトルリア人を通じて戦車競走を伝承し、紀元前146年のギリシア征服後は直接的な影響を受けました。ローマの伝説によれば、ロムルスはローマ建国時に、サビニ人たちの注意を逸らすために戦車競走を利用しました。

ローマ時代の戦車競走の中心は、大競技場（キルクス・マクシムス）でした。約25万人を収容できる巨大な競技場は、ユリウス・カエサルによって再建され、その規模は縦約621メートル、横約118メートルに及んでいました。

ローマ人は、「カルケレス」と呼ばれるスタートゲートを用い、中央分離帯（スピナ）のあるトラックで競走しました。レース開始は皇帝が布を落とすことで知らされ、ゲートがばねの力で開いて、公平なスタートが実現されました。競走中には、スピナに相手チームの戦車を衝突させる戦術も用いられました。スピナには周回数を示す装置があり、彫像やオベリスクで装飾されていました。

ローマ時代の戦車競走は、ギリシア時代と比べ、レース数ははるかに多く、賭け事も盛んに行われました。4頭立てのクワドリガエと2頭立てのビガエがあり、まれに10頭立ての戦車も用いられました。御者は専門職であり、ヘルメットを着用し、ウエストに手綱を巻きつけていました。

映画『ベン・ハー』は、ローマ時代の戦車競走を有名に再現していますが、一部不正確な点もあります。実際の戦車は、映画のものよりも小型で軽く、車輪も小さかったと考えられています。

ローマ時代の戦車競走では、御者（アウリガエ）が勝者と見なされました。彼らは賞金を得て、勝利を重ねることで自由民となることもできました。多くの御者は、短い生涯の中で数々の勝利を収め、帝国規模で有名になりました。スコルポス、カルプルニアーヌス、ガイウス・アップレーイウス・ディオクレースなどがその例です。

共和政ローマでは貧しい人々は無料で競技場に入場できましたが、富裕層はより良い席を購入し、賭け事を楽しみました。皇帝もしばしば観戦に訪れ、民衆はその姿を見る機会を得ました。

ネロ帝の時代には、赤、青、緑、白の4つの主要なチームが形成され、チーム間の協力や競争が激しくなりました。チームは1レースにつき最大3台の戦車を持つことができました。御者はチームを移籍することもありました。

ローマ帝国領内には、ローマ以外にも多くの戦車競技場が建設されました。

東ローマ帝国時代の戦車競走

コンスタンティヌス1世はコンスタンティノープル建都と同時に戦車競技場を開設しました。東ローマ帝国では、戦車競走は祝祭に欠かせない行事でした。競技場には御者の像が建てられ、肖像入りのメダルやカメオも作られました。

東ローマ帝国では、青チームと緑チームが主要なチームであり、それらは単なるスポーツチームを超えた存在でした。青チームは正教会を信仰し、しばしば皇帝に支持され、緑チームは単性説を支持していました。これらのチームは、ストリートギャングのような集団となり、暴動や犯罪を引き起こすこともありました。

532年のニカの乱は、これらのチームの抗争が原因でした。この乱を境に戦車競走は衰え始め、9世紀頃までに、白チームと赤チームはそれぞれ青チームと緑チームに吸収されました。これらのチームは地域的な民兵組織となり、帝国の構造に組み込まれていきました。

7世紀以降、東ローマ帝国の領土縮小に伴い、レース開催数は減少していきました。コンスタンティノープルの競技場は、1204年の第4回十字軍による略奪まで、皇帝にとって重要な場所でした。

戦車競走のその後

1920～30年代には、欧米でモーターサイクル・チャリオット・レースが行われました。これは、戦車競走をオートバイを用いて再現したものでした。

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