房中術

房中術とは

房中術（ぼうちゅうじゅつ）は、古代中国から伝わる養生術の一つであり、男女の性生活、すなわち「房事」における心身の調和を重視する技法です。単なる性行為のテクニックではなく、健康を維持し、長寿を全うするための実践的な知識体系として、古代中国の人々に受け継がれてきました。

概要

房中術は、中国古来の宇宙観に基づいています。陰陽思想では、宇宙の根源である太極から陰と陽が生じ、この二つの要素が調和することで万物が生成されると考えます。人間もまた、この陰陽の原理に従っており、男女の性交は、陰陽の調和を促す自然な行為と捉えられてきました。しかし、房中術では快楽を追求するだけでなく、節度を守り、精を無駄にしないことが重要視されます。

『漢書』には、「楽しみを節度あるものとすれば、心は穏やかで長生きできる。しかし、快楽に溺れて顧みなくなれば、病が生じ、寿命を縮める」とあり、房中術の目的が、単なる快楽ではなく、心身の健康と長寿にあることを示しています。具体的には、女性が十分に興奮した状態で性交に臨むこと、男性は快楽に身を任せず、精を漏らさないようにすることが説かれています。

歴史

房中術に関する最も古い文献は、1973年に中国湖南省の馬王堆漢墓から発掘されました。これらの文献には、房中術と性医学に関する詳細な記述が見られます。これらの文献は、戦国時代（紀元前475年～紀元前221年）にまで遡る可能性が指摘されており、房中術が非常に古い歴史を持つことを示しています。

後漢時代（25年～220年）末期には、房中術は道教に取り入れられ、不老長寿のための養生術の一つとして位置づけられました。その後、道教の教典にも房中術に関する記述が現れるようになります。日本でも、平安時代の医書である『医心方』に、中国の房中書が引用されており、房中術が古くから知られていたことがわかります。

中国では、宋代（960年～1279年）に儒教の理学が発展するにつれて、房中術は淫猥なものとみなされるようになり、表舞台から姿を消していきました。しかし、道教の一部の流派では、房中術が秘術として受け継がれてきました。

近年の研究では、海外の研究者や、馬王堆漢墓からの新たな文献の発見などを契機として、中国でも房中術に関する学術的な研究が進められています。

房中術と儒家

一見すると、道徳的なイメージの強い儒教と房中術は結びつかないように思われます。しかし、儒教においては、「孝」の観点から、子孫を繁栄させることが重要視されます。そのため、房中術は、子孫を残すための手段として、儒教の思想とも結びついてきました。子孫が途絶えることは、祖先への祭祀が途絶えることを意味し、儒教においては最大の不孝とされました。したがって、子をもうけるために性行為を行うことは、儒教の教えに反するものではないと考えられました。

しかし、宋代以降の理学は、人間の欲望を否定する立場から、房中術を淫らなものとして否定するようになりました。これにより、房中術は表舞台から姿を消し、一部の道教の流派にのみ残されることになりました。

房中術と道教

房中術は、後漢末期から道教に取り入れられ、長生術の一つとして考えられるようになりました。道教においては、精を大切にし、気を養うことが、不老長寿につながると考えられました。房中術は、陰陽の調和を促し、気を充実させるための手段として、道教に取り入れられました。

道教における房中術は、単なる性行為ではなく、心身のエネルギーを活性化させるための修行法として位置づけられていました。しかし、その一方で、房中術が快楽だけを求める淫らな行為として誤解されることもあり、道教内部でもその扱いは一定ではありませんでした。

房中術と内丹術

唐代以降、道教では内丹術という修行法が発達しました。内丹術は、体内のエネルギーを練り上げることで、不老長寿を目指す修行法です。房中術は、内丹術における「還精補脳（精を補い脳を活性化させる）」という技法と関連性があると考えられています。

内丹術には、一人で行う「清修派」と、男女二人で行う「双修派」があります。双修派の丹法は、さらに、男女が肉体的な接触を伴う「体交法」と、肉体的な接触を伴わない「神交法」に分けられます。

体交法は、肉体的な接触を通じて気のやり取りを行い、気を循環させる方法です。この方法では、男女双方とも、精を無駄にしないことが重要です。神交法は、肉体的な接触をせずに、意識だけで気のやり取りを行う方法です。この方法では、男女が互いに敬意を払い、愛情を抱きながら、静かに気を交わらせることが重要とされます。

中医学と性養生

中医学では、性生活と健康の関係を重視しており、適切な性生活は健康を保ち、不適切な性生活は健康を害すると考えられています。中医学における「性養生」は、性生活を健康的に送るための知識や技術を指します。性養生では、性行為における節度を守り、精を浪費しないことが重要とされます。また、漢方薬などを用いて、精の衰えを防ぐ方法も用いられます。

中医学では、病気を治療するだけでなく、病気を未然に防ぐ「未病を治す」という考え方も重視されます。そのために、食養生、気功、性養生などの方法が用いられます。

まとめ

房中術は、単なる性行為の技術ではなく、心身の健康と長寿を追求するための実践的な知識体系です。古代中国の宇宙観、儒教、道教、中医学など、様々な思想と結びつきながら発展してきました。現代においても、房中術の知恵は、健康的な生活を送る上で役立つものがあると考えられます。

関連事項

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外部リンク

『房中術』 - コトバンク

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