抒情組曲 (ベルク)

アルバン・ベルク『抒情組曲』の詳細解説

アルバン・ベルクが1925年から1926年にかけて作曲した『抒情組曲』（Lyrische Suite）は、彼の音楽的探求と個人的な感情が深く結びついた、重要な作品です。弦楽四重奏のために書かれたこの曲は、ベルクが十二音技法を本格的に用いた最初の作品であり、彼の音楽語法の発展を示す上で欠かせない存在です。

作品概要

ベルクは、この作品以前にも弦楽四重奏曲 作品3を作曲していますが、『抒情組曲』は、より複雑で成熟した作風を示しています。全6楽章から構成され、十二音技法だけでなく、無調の手法も用いられています。特に、第1楽章と第6楽章は十二音技法が全面的に適用され、第3楽章と第5楽章の一部にもこの技法が見られます。残りの部分は、無調で書かれています。

この作品は後に、第2、第3、第4楽章が弦楽合奏のために編曲され、「『抒情組曲』からの3楽章」として演奏されるようになりました。初演は1927年1月にウィーンで、コーリッシュ弦楽四重奏団によって行われました。弦楽合奏版は、1929年にベルリンで初演されました。

献呈と秘密のテーマ

『抒情組曲』は、公式にはツェムリンスキーに献呈されていますが、そのタイトルはツェムリンスキーの『抒情交響曲』から取られています。第4楽章には、『抒情交響曲』の第3楽章からの引用が含まれています。さらに、第6楽章にはワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』からの引用が見られます。しかし、この作品の真のテーマは、ベルクとハンナ・フックス＝ロベッティン夫人との不倫の恋でした。

ベルクは、ハンナにこの作品の手稿譜を渡しており、そこには詳細な解説が書き込まれていました。この手稿譜が、ハンナの娘によって公開されたことで、作品の背後にある愛の物語が明らかになりました。全曲は、ハンナの頭文字「H」と「F」、ベルクの頭文字「A」と「B」、そしてハンナを象徴する数「10」とベルクを象徴する数「23」を用いて構築されています。

楽曲構成と音楽的特徴

『抒情組曲』の6つの楽章は、急と緩が交互に配置され、全体として曲が進むにつれて、速い楽章はより速く、遅い楽章はより遅くなるという構成になっています。各楽章の具体的な特徴は以下の通りです。

1. Allegretto gioviale (快活なアレグロ)：十二音技法を用いた二部形式。明るく活気に満ちた雰囲気を持つ。
2. Andante amoroso (愛を込めたアンダンテ)：無調のロンド形式。ハンナと彼女の子供たちに捧げられている、愛情に満ちた楽章。
3. Allegro misterioso (神秘的なアレグロ) - Trio estatico (恍惚のトリオ)：三部形式。主部は十二音技法、中間部は無調で書かれ、神秘的で幻想的な雰囲気を醸し出す。
4. Adagio appassionato (情熱的なアダージョ)：無調。第3楽章のトリオの展開であり、『抒情交響曲』からの引用を含む。
5. Presto delirando (狂気のプレスト) - Tenebroso (暗く)：2つのトリオを持つスケルツォ。トリオのみ十二音技法が用いられ、激しさと暗さを表現する。
6. Largo desolato (悲嘆のラルゴ)：十二音技法。序奏の後、ボードレールの詩「深淵より我は叫びぬ」が挿入される。この詩は、ベルクのハンナへの深い愛情と絶望を暗示している。その後、『トリスタンとイゾルデ』の序奏が暗示され、静かに終わる。

音列の分析

『抒情組曲』の音列は、ハンナ・フックスのイニシャルを逆にした「F」で始まり「H」で終わるという特徴があります。第1楽章の音列は、ハ長調と変ト長調の音で構成され、12半音階の全ての音程を含んでいます。第3楽章の音列は、第1楽章の音列を変化させたもので、ベルクとハンナのイニシャルがオスティナートとして機能します。第5楽章と第4楽章にも、それぞれ特徴的な音列が用いられています。

演奏時間と編成

全6楽章の演奏時間は約32分、弦楽合奏版は約16分です。弦楽四重奏は、2つのヴァイオリン、ヴィオラ、チェロで構成されます。弦楽合奏版は、より大規模な編成で演奏されます。

まとめ

アルバン・ベルクの『抒情組曲』は、彼の音楽的才能と個人的な感情が深く結びついた傑作です。十二音技法と無調の手法を巧みに使い分け、複雑な構成と感情的な深みを併せ持っています。この作品は、ベルクの音楽を理解する上で欠かせない重要な作品であり、現代音楽の中でも特に重要な位置を占めています。不倫というテーマが、この音楽に隠された情熱と悲劇性を与えていると言えるでしょう。

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