掃除魚

掃除魚（そうじうお）

掃除魚とは、他の魚類（これを「ホスト」と呼びます）の体表に付着した寄生虫や剥がれかけた皮膚組織、粘液などを除去する習性を持つ一群の魚類の総称です。掃除魚によるこの行為は、寄生虫などの除去を必要とするホスト魚と、それらを餌とする掃除魚の双方が利益を得る「相利共生」と呼ばれる生態的な相互作用の典型的な例として広く理解されています。魚類だけでなく、エビの仲間にも同様の行動を示す種がおり、これらはクリーナーシュリンプと呼ばれています。

多様な掃除魚たち

掃除行動は、世界中の少なくとも29科111種もの魚類において確認されており、非常に多様な分類群に見られます。ベラやハゼ、シクリッド、ナマズなど、様々な種類の魚が掃除を行うことが知られています。掃除魚はほぼ全ての水域環境に生息していますが、特に熱帯のサンゴ礁ではその種類の多さが際立っています。例えば、インド洋・太平洋のサンゴ礁に分布するホンソメワケベラなどのソメワケベラ属のベラ類が最もよく知られています。ジャイアントケルプが茂るカリフォルニア沿岸にも18種の掃除魚が生息していることが報告されています。

掃除行動の具体的な例

海水魚

サンゴ礁のソメワケベラ類は、特定の縄張りである「クリーニング・ステーション」でホスト魚を待ちます。ステーションに近づいたホスト魚は、体を斜めに傾けたり、口や鰓蓋を開けたりといった特徴的な姿勢や動きで掃除魚に合図を送ります。これに応えて掃除魚はホストの体表だけでなく、口内や鰓の中まで入り込んで丁寧にクリーニングを行います。ホスト魚が体を震わせたり口を開閉したりする動作は、掃除終了のサインとなります。驚くべきことに、通常は小さな魚を捕食する大型の魚でさえ、掃除魚に対しては攻撃を仕掛けません。ソメワケベラ類は主にこの掃除行動から栄養を得ているため、水槽での飼育下では餌が不足しがちで長期飼育が難しい場合があります。

コバンザメの仲間も掃除魚として知られています。彼らは頭部の吸盤でホスト魚に常に張り付き、移動を共にしながら寄生虫を見つけて除去します。時にはホストの食べ残しを得ることもあります。

ハゼの仲間では、大西洋のGobiosoma属やElacatinus属がサンゴ礁でソメワケベラ類と酷似した掃除行動を行います。これは異なる分類群が似た環境で同様の機能を果たす「収斂進化」の見事な例です。ハゼ類の多くは掃除だけでなく小型の無脊椎動物なども食べるため、ベラ類に比べて飼育しやすい傾向があります。ただし、一部のハゼ（例: Elacatinus evelynae）は寄生虫が少ない時期にはホストの鱗や粘液を食べることもあり、この関係が常に完全に相利的とは言えないケースも存在します。

汽水魚

汽水域での掃除共生の例としては、南アジアに生息する2種のEtroplus属シクリッドの関係が挙げられます。体サイズの小さいE. maculatusが掃除魚として、それよりはるかに大きいE. suratensisのクリーニングを行います。

淡水魚

海水魚と比較すると、淡水魚における掃除魚の例は少ないです。確認されている例の一つに、ナマズの仲間であるホワイトライン・トーキングキャットの幼魚が、魚食性のカラシンであるHoplias cf. malabaricusを掃除する行動があります。このナマズの幼魚期に見られる強い白黒の縞模様は、掃除魚であることを示すサインとして機能していると考えられています。しかし、成長するにつれてこの模様は薄れ、食性も変化していきます。

生態系における役割

掃除魚が特定の生態系に与える影響の大きさは、その環境によって異なると考えられています。熱帯のサンゴ礁域を中心に、掃除魚を一時的に除去したり追加したりする実験が行われてきました。これらの実験結果は一様ではなく、カリブ海ではホスト魚の減少と寄生虫感染の増加が報告された一方で、ハワイやグレート・バリア・リーフ（短期間の実験）では明確な変化が見られませんでした。しかし、紅海やオーストラリアの小規模なサンゴ礁で行われた比較的長期間（18-20ヶ月）の実験では、掃除魚の除去が魚類全体の多様性の著しい低下を引き起こすことが示されています。特にサンゴ礁生態系に大きな影響を与える大型の遊泳性魚類が強く影響を受けていました。この結果は、掃除魚が大型魚をサンゴ礁に引き寄せ、その結果として生態系の多様性を維持する上で中心的な役割を果たす「キーストーン種」として機能している可能性を示唆しています。

特徴と擬態

多くの掃除魚、特にサンゴ礁のベラ類やハゼ類は、青や黄色の目立つストライプなど、他の魚とは異なる特徴的な体色を持つことが多いです。これは、掃除行動を行う際に捕食者から攻撃を受けにくくするためのサインとして機能していると考えられています。

また、掃除魚のこの特徴的な外見を利用する魚も存在します。イソギンポ科のニセクロスジギンポやミナミギンポは、ホンソメワケベラに形態がよく似ており、掃除を受けようと近づいてきたホスト魚の健康な皮膚や鱗を齧り取って逃走することが知られています。これらの種は掃除魚に「擬態」することで利益を得ています。ただし、野外での観察からは、これらの擬態魚の主な餌が鱗や皮膚ではなく、魚卵やゴカイ類であるという報告もあり、単に捕食者から身を守るための擬態であるという見方もあります。

掃除行動の歴史

魚が掃除を行う様子が最初に記録されたのは、1928年に海洋生物学者のウィリアム・ビービがハイチのサンゴ礁でベラがブダイを掃除しているのを観察した時でした。その後、1961年のコンラッド・リンボーの研究や1966年のハワード・フェダーの論文などを通じて、掃除魚とホスト魚の関係が相利共生として詳しく分析・報告されるようになりました。これ以降、掃除魚の行動は生態学における相利共生の代表的な事例として広く取り上げられるようになりました。

このユニークな関係性は、海の生物多様性とその複雑な相互作用を理解する上で、非常に興味深い研究対象となっています。

もう一度検索