文天祥

文天祥（ぶん てんしょう）は、13世紀の中国、南宋末期に活躍した軍人であり政治家です。1236年に生まれ、幼名は雲孫（うんそん）、字は宋瑞（そうずい）または履善（りぜん）、号を文山（ぶんざん）と称しました。彼は、吉州廬陵県（現在の江西省吉安市）の出身で、官吏の文儀の息子として生まれました。

文天祥は、20歳で科挙に首席で合格し、その才能を早くから示しました。彼の提出した論文「法天息まず」は、当時の皇帝である理宗に「人材を得た」とまで言わしめるほどの名文でした。当時、南宋は北方のモンゴル帝国の侵攻に苦しんでおり、国家の危機が迫っていました。

1259年、モンゴル軍が四川に侵攻した際、文天祥は遷都に反対し、一時的に免官されました。その後、復職しますが宰相との不和から再び職を辞します。しかし、モンゴルの攻撃が激化すると、文天祥は再び立ち上がり、元との戦いに身を投じました。1276年には右丞相兼枢密使に任命され、元との和約交渉の使者となりますが、交渉中に元軍に捕らえられてしまいます。

文天祥が捕らえられている間、南宋の首都臨安は陥落しましたが、張世傑や陸秀夫らは幼い皇帝を奉じて抵抗を続けました。文天祥も元軍から脱出し、各地でゲリラ活動を展開、2年以上にわたり抵抗を続けました。しかし、1278年に再び捕らえられ、大都（現在の北京）へと連行されました。元は文天祥を重用しようと何度も降伏を勧めましたが、文天祥はこれを断固として拒否しました。崖山に追い詰められた宋の残党軍への降伏勧告を求められた際には、有名な詩「過零丁洋」を送り、自らの忠義を表明しました。

この詩は、「人生に死は避けられないが、忠誠を尽くせばその名は歴史に輝く」という内容で、彼の不屈の精神を後世に伝えています。南宋が完全に滅亡した後も、元の皇帝クビライは文天祥の才能を惜しみ、何度も彼を勧誘しましたが、文天祥は決して応じませんでした。この時、彼は有名な『正気の歌』を詠み、その高潔な精神を示しました。

クビライは文天祥を殺すことを躊躇しましたが、文天祥の存在が各地の反乱を刺激していることが判明し、ついに死刑を決断します。文天祥は、捕らえられた当初から死を望んでおり、1283年1月、南宋の方向に向かって拝礼し、刑に処せられました。享年47歳でした。クビライは文天祥を「真の男子」と評したと伝えられています。刑場跡には後に「文丞相祠」という祠が建てられました。

文天祥の忠義心と不屈の精神は後世に称えられ、『正気の歌』は多くの人々に読み継がれています。日本でも、江戸時代中期の学者である浅見絅斎が『靖献遺言』に彼の評伝を掲載し、幕末の志士たちに愛唱されました。藤田東湖、吉田松陰、日露戦争時の広瀬武夫なども、それぞれ『正気の歌』を作っています。文天祥は、その壮絶な生き様を通して、忠臣の鑑として人々の心に深く刻まれています。

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