文昌衛星発射場

文昌衛星発射場は、中華人民共和国海南省文昌市に設けられた、中国が運用する主要なロケット発射施設の一つです。西昌衛星発射センターの管轄下にあり、中国で4番目に建設されたこの発射場は、南シナ海に面した海南島の北東沿岸部に位置しています。中国国内の発射場としては最も南にあり、また初めて海岸沿いに設置された点が大きな特徴です。

この場所は、元々弾道ロケットの試験場として使用されていましたが、本格的な衛星打ち上げミッションに対応するため、大規模な拡張工事が行われました。

位置の優位性と選定理由

文昌が新たな発射場として選ばれた最大の理由は、その地理的な利点にあります。

1. 低緯度の活用: 北緯約19度という中国領内では極めて低緯度に位置しているため、地球の自転による遠心力をより効果的に利用できます。これにより、これまでの内陸部の発射場に比べ、ロケットが地球の重力に逆らって軌道に乗る際の負荷が軽減され、搭載できるペイロード（積載重量）を10パーセント以上増やすことが可能になります。また、衛星をより効率的な軌道に乗せられるため、衛星の運用寿命も約2年程度延びると見込まれています。開発が進められていた大型ロケット「長征5号」は、その能力を最大限に引き出すため、文昌発射場が唯一の打ち上げ拠点となっています。
2. 海上への落下物対策: ロケットは通常、地球の自転速度を利用するため、東方向へ打ち上げられることが多いです。文昌発射場の場合、東側が広大な海に面しているため、打ち上げ途中で切り離されるブースターやフェアリングといった構造物、あるいは万が一の事態で発生する残骸が海上へ落下します。これにより、内陸部に設置された発射場に比べて、地上への被害リスクや安全確保のための広範囲な立ち入り制限が大幅に軽減されます。
3. 大型ロケットの海上輸送: 従来の中国の内陸部にある発射場では、鉄道輸送の物理的な制約から、直径3.5メートルを超えるような大型のロケット機体を搬入することが困難でした。特に直径が5メートルにも及ぶ「長征5号」の巨大なブースターなどは、陸路での輸送が事実上不可能でした。文昌発射場は海に面しているため、大型のロケット本体や衛星を大型船で直接輸送することが可能です。これにより、天津市臨海部に建設された宇宙関連の工業団地で製造された機体などを海路で効率的に搬送できるようになり、大型ロケットの開発・運用における重要な課題が解決されました。

建設の経緯

低緯度の海南島に大規模な宇宙施設を建設するという構想は、1970年代に中国の宇宙開発が本格化する以前から存在しました。しかし、冷戦下においては、海岸沿いの拠点が敵対勢力から攻撃を受けやすいという懸念があったため、同時期に建設された中国の衛星発射センターは全て内陸部に配置されることになりました。

文昌の地では、まず1994年から弾道ロケットの観測施設や試験発射場の整備が進められました。1998年の「織女1号」を皮切りに、2006年までに合計5回の弾道ロケット試験打ち上げがここから実施されています。

本格的な衛星発射場としての建設計画が具体化したのは2007年のことです。同年9月22日、中国中央テレビは、国務院と中央軍事委員会が文昌での新衛星発射場建設を正式に承認したと報じました。同年10月末には、発射場建設のために約1,133ヘクタールの土地が収用されることが発表され、主に龍楼鎮と東郊鎮の住民6,000人以上が立ち退きを余儀なくされました。実際の発射施設は龍楼鎮付近に建設され、東郊鎮周辺には宇宙科学をテーマにした観光施設やテーマパークが整備される計画が進められています。

建設開始から稼働までの見込み時期は、計画の進捗と共に変更されました。2008年初頭の予測では、発射場の稼働は2014年、長征5型ロケットの打ち上げはその1年後とされていました。2009年9月14日には、「海南航天発射場」として正式な着工式が行われ、この時点では2013年の使用開始が目標と報じられました。その後、2014年10月18日には新華社通信が発射基地の完成を伝え、2017年には無人月探査衛星「嫦娥5号」をここから打ち上げる予定であることが報じられました。

名称の変遷

この発射場は、計画・建設段階や稼働初期において幾つかの異なる呼称で呼ばれていました。「海南航天発射センター」や「海南航天発射場」などが初期に使われた名称です。2016年6月25日に大型ロケット「長征7号」が初めて打ち上げられた際には、「海南文昌衛星発射場」と呼ばれることが一般的でした。そして、同年11月3日に「長征5号」の最初の打ち上げが行われる直前に、正式名称が「中国文昌衛星発射場」（中国語: 中国文昌航天发射场, 英語: China Wenchang Spacecraft Launch Site）と定められ、現在に至っています。

文昌衛星発射場は、その地理的優位性を最大限に活用し、中国の大型ロケット打ち上げ能力を飛躍的に向上させる基盤となり、今後の同国の深宇宙探査や宇宙ステーション建設といった大型宇宙計画を支える上で不可欠な役割を担っています。

もう一度検索