方孝孺

方孝孺（ほう こうじゅ）は、明の初期に活躍した儒学者であり、政治家でもありました。1357年に浙江省寧海県に生まれ、字（あざな）は希直（きちょく）または希古（きこ）、号は正学（せいがく）と称しました。

彼は幼い頃から学問に励み、特に宋濂（そうれん）に師事して儒学を深く学びました。その才能は師からも高く評価され、門下随一と称されるほどでした。1392年、方孝孺は朝廷に推挙されますが、法治を重視する洪武帝（朱元璋）とは意見が合わず、漢中府教授という地方官に留め置かれることになります。しかし、その学識は広く知れ渡り、当代一の学者として世間から尊敬を集めていました。

1398年に洪武帝が崩御すると、後を継いだ建文帝は、方孝孺を翰林院侍講学士（かんりんいんじこうがくし）に抜擢し、国政に参加させました。この時、建文帝の側近には黄子澄（こうしちょう）や斉泰（せいたい）らがおり、彼らは燕王朱棣（後の永楽帝）を始めとする諸王の勢力を削る政策（削藩政策）を進めていました。一方、方孝孺は『周礼』に範をとった官制改革に取り組んでいました。

削藩政策に追い詰められた朱棣は、1399年に政府に対して反乱（靖難の役）を起こします。戦いは長引き、その中で黄子澄と斉泰が失脚すると、方孝孺が政権の中核を担うことになりました。しかし、元々学者である方孝孺に戦争の指揮は難しく、政府軍は徐々に追い詰められていきます。

1402年、ついに首都南京が陥落し、方孝孺は捕らえられてしまいます。南京陥落の前、永楽帝は側近の道衍（どうえん、姚広孝）から、「方孝孺は決して降伏しないだろう。しかし、彼を殺してはならない。彼を殺せば天下の学問が途絶えてしまう」と忠告を受けていました。永楽帝は方孝孺に自らの即位の詔を書かせようとしましたが、方孝孺は与えられた紙に「燕賊簒位（えんぞくさんい）」と書き、泣いて拒否しました。この言葉は「燕の賊が皇帝の位を簒奪した」という意味であり、永楽帝を激怒させることになります。

激怒した永楽帝は、方孝孺の口に短刀を押し込んで抉らせ、獄に戻しました。さらに、方孝孺の一族や門弟たちを次々と捕え、彼の目の前で殺害しました。男系一族だけでなく、妻や母の一族、門弟たちも犠牲となり、その数は873人に及びました。最後に方孝孺自身も南京城外に引き出され、「絶命詩」を詠んだ後、処刑されました。この方孝孺に対する処置は、通常の九族（父族4、母族3、妻族2）に加えて、友人や門生を含めた「十族」が族誅されたという、歴史上稀に見る苛烈なものでした。

方孝孺は、その学識の高さと不屈の精神で知られています。彼は権力に屈することなく、自らの信念を貫き、悲劇的な最期を遂げました。彼の著作としては、『遜志斎集（そんしさいしゅう）』や『方正学先生文集（ほうせいがくせんせいぶんしゅう）』などが残されています。

方孝孺の生涯は、明代初期の政治状況を理解する上で重要な事例であり、彼の悲劇は後世に多くの教訓を残しました。

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