施しを乞うベリサリウス

ジャック＝ルイ・ダヴィッドの『施しを乞うベリサリウス』は、1781年に制作された歴史画であり、新古典主義美術の重要な作品として知られています。この作品は、古代ローマ帝国の将軍ベリサリウスが、不当な扱いを受けて盲目となり、物乞いをする姿を描いています。

作品の背景

ベリサリウスは、6世紀の東ローマ帝国で活躍した将軍で、その軍事的才能は当時随一でした。ユスティニアヌス1世に仕え、数々の戦いで勝利を収めましたが、その功績が皇帝の妬みを買い、陰謀によって両目をえぐられ、財産も没収されたと伝えられています。歴史家プロコピオスの記録によれば、ベリサリウスは晩年、ビザンティウムで物乞いをする生活を送ったとされています。

作品の描写

ダヴィッドは、凱旋門を思わせる建築物の下で物乞いをする盲目の老将ベリサリウスを描いています。ベリサリウスは黄土色のドレープをまとい、白い服を着た子供を抱きながら、若い女性に施しを乞うています。幼い子供は、ベリサリウスのヘルメットを差し出し、女性から小銭を受け取っています。女性は、ベリサリウスを哀れむような眼差しで見つめています。画面右下には、「ベリサリウスに施しを」と刻まれた石材が置かれ、彼の落魄した境遇を物語っています。また、女性の後方には、かつてベリサリウスの部下であった兵士が、彼の変わり果てた姿に驚き、両手を上げる様子が描かれています。

作品の主題と背景

ベリサリウスの主題は、18世紀のフランス絵画で広く描かれました。それは、名声の儚さを象徴するものであり、君主制に対する批判を含意していました。この背景には、ジャン＝フランソワ・マルモンテルの小説『ベリサリウス』の影響があります。この小説は、ベリサリウスの不運を通して、当時の政治状況を批判的に描いており、出版後すぐに検閲を受けました。ダヴィッドの作品も、その影響を受けていると考えられます。

作品の特徴

『施しを乞うベリサリウス』は、新古典主義の典型的な作品であり、その特徴は、英雄的で厳格な様式にあります。ダヴィッドは、古代の理想を追求し、感情を抑制した表現で、不遇の将軍の苦悩を気高く描いています。作品は、力強さと落ち着きを兼ね備え、人物たちの配置や色彩は、悲劇的な状況を強調しています。特に、人物たちの表情は、それぞれ異なる感情を表現しており、女性の憐憫、ベリサリウスの屈辱、子供の無垢さが際立っています。

作品の歴史

1780年にローマから帰国したダヴィッドは、1781年にこの作品を提出し、アカデミー準会員として認められました。また、同年のサロンに出展し、批評家や哲学者から高い評価を受けました。作品はその後、多くの収集家の手に渡り、最終的にはリール宮殿美術館に収蔵されました。現在もなお、多くの人々を魅了し続けています。

他のバージョン

この作品には、複数のバージョンが存在します。アングル美術館所蔵のバージョンは、長い間下絵と考えられていましたが、近年ではその真贋が疑問視されています。ルーヴル美術館所蔵のバージョンは、1784年に制作された縮小版で、ダヴィッドの弟子によって一部が描かれました。これらのバージョンも、ダヴィッドの作品に対する理解を深める上で重要な役割を果たしています。

作品の影響

『施しを乞うベリサリウス』は、その後の美術界に大きな影響を与えました。ダヴィッドの弟子であるピエール＝ナルシス・ゲランは、この作品に触発されて、故郷に帰還した男が殺害された妻を発見する『マルクス・セクストゥスの帰還』を制作しました。この作品もまた、新古典主義の傑作として知られています。

まとめ

ジャック＝ルイ・ダヴィッドの『施しを乞うベリサリウス』は、新古典主義美術を代表する傑作であり、その後の美術界に大きな影響を与えました。この作品は、歴史的な出来事を題材にしながら、人間の普遍的な感情や社会的な問題を深く掘り下げています。その美しい構図や色彩、そして人物たちの表情は、見る者に強い印象を与え、鑑賞するたびに新たな発見をもたらしてくれるでしょう。

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