昭和三大馬鹿査定

昭和三大馬鹿査定とは

「昭和三大馬鹿査定」とは、昭和時代における税金の巨額な無駄遣いを指す比喩表現です。この言葉は、もともと大蔵省主計局内で使われていた隠語であり、特定の三つの事業を指すものではありませんでした。主計官たちが、後世に無駄遣いと指摘されるような事業に予算を付けてはならないという自戒の念を込めた言葉でした。

この言葉が広く知られるようになったきっかけは、1987年12月23日、整備新幹線の予算編成を巡る大蔵省内での出来事でした。当時の運輸・郵政担当主計官であった田谷廣明氏が、整備新幹線着工に反対する意見を述べる中で、この言葉を比喩的に用いたのです。この発言は大きな波紋を呼び、マスコミにも大きく取り上げられました。

背景：国鉄民営化と整備新幹線問題

「昭和三大馬鹿査定」という言葉が生まれた背景には、国鉄民営化と整備新幹線着工という二つの大きな問題がありました。当時、国鉄は巨額の累積赤字を抱えており、その再建のために臨時行政調査会は「整備新幹線計画は当面見合わせる」と答申しました。これを受けて、1982年に整備新幹線計画は凍結され、新幹線の建設主体であった日本鉄道建設公団も統廃合の対象となりました。

その後、国鉄は分割民営化される方針で議論が進み、1987年に分割民営化が決定しました。しかし、民営化によって取り残されたのが、整備新幹線の着工問題でした。政府は、整備新幹線を一般会計の枠組みの中で公共事業として行うことを模索しましたが、大蔵省は「整備新幹線を国の予算から出す場合には、運輸省の公共事業費を使う」という方針を崩しませんでした。

このような状況下で、1986年12月29日に、整備新幹線着工を強く主張する自民党と政府の間で政治折衝が行われました。その結果、整備新幹線について逐次着工するという政治決着がなされ、1987年1月30日には、「整備新幹線の建設を当面見合わせる」とした閣議決定が解除されました。ただし、着工には「分割民営化後の新会社の判断」と「財政問題、収支見通し」という条件が付帯されました。

複雑に絡み合う政治と経済

整備新幹線着工問題は、政治と経済、そして各省庁の思惑が複雑に絡み合った問題でした。

政治の世界では、当時の中曽根内閣が「増税なき財政再建」を掲げており、その公約を果たすために整備新幹線の凍結解除を求める声が強まっていました。1987年に竹下内閣が発足すると、自民党内でも整備新幹線に対する意見が分かれ、ポスト竹下を狙う議員たちの思惑も絡み合い、事態はさらに複雑化しました。

経済界では、円高に対する危機感から公共事業費の増額を求める声がありましたが、整備新幹線については、経済同友会が「採算のメドがないまま着工に踏み切るべきではない」と反対を表明していました。

一方、財政を担当する大蔵省は、財政再建路線を堅持しており、整備新幹線建設には慎重な姿勢を崩しませんでした。大蔵省は、1987年12月23日に示した政府予算大蔵原案で、整備新幹線を「調整中」とし、実質ゼロ査定としました。この大蔵原案の発表に際して、田谷主計官の発言が飛び出したのです。

田谷主計官の発言と波紋

1987年12月23日、運輸・郵政担当主計官であった田谷廣明氏は、大蔵原案の説明会で「整備新幹線計画を認めれば『昭和の三大バカ査定』になる」と発言しました。この発言は、記者たちの間で大きな話題となり、翌日の新聞や週刊誌で大きく報道されました。

田谷主計官の発言は、整備新幹線着工促進派の感情を逆なでし、強い反発を招きました。また、政府や大蔵省内部でも、この発言は「不適切である」とされ、田谷主計官は上司から注意を受けました。しかし、田谷主計官はその後も順調に昇進し、この発言が大蔵省でのキャリアに傷をつけることはありませんでした。

その後の影響

田谷主計官の発言後、整備新幹線関連の大臣による閣議が開かれましたが、各閣僚からは整備新幹線着工への消極的な意見が相次ぎました。最終的に、1987年12月28日に決定した政府原案では、東北、北陸、九州・鹿児島の3つのルートに合計150億円の建設費が計上されました。しかし、その執行には厳しい条件が付けられ、整備新幹線問題は先送りされることになりました。

その後、整備新幹線着工促進派は、大蔵省の壁を突破するために、自民党内の説得に注力しました。その結果、1988年8月には運輸省が整備新幹線の暫定整備計画を発表し、建設費を大幅に圧縮することができました。そして、1989年1月には、整備新幹線の3ルート同時着工が事実上合意されました。

発言に対する批判と意見

田谷主計官の発言は、大蔵官僚や田谷個人の資質に対する批判を引き起こしました。また、この発言は「地域エゴ」や「地方への利益誘導政策」と受け止められ、都市部と地方の間の意識のずれが浮き彫りになりました。

一方で、「よく言ってくれた」と書いた新聞記事もあり、「三大バカ査定」を歓迎する世論も存在しました。しかし、この言葉は、公共事業の意義や社会的便益を軽視するものであり、安易な財政論に陥る危険性も指摘されています。

まとめ

「昭和三大馬鹿査定」という言葉は、昭和時代の税金の無駄遣いを象徴する言葉として、今でも語り継がれています。この言葉が生まれた背景には、国鉄民営化と整備新幹線着工という二つの大きな問題があり、当時の政治、経済、そして各省庁の思惑が複雑に絡み合っていました。田谷主計官の発言は、この問題を象徴する出来事であり、現代の公共事業のあり方を考える上で、重要な教訓を与えてくれます。

この出来事は、単なる予算編成を巡る一幕ではなく、国家の進むべき道、社会資本の形成、そして税金の使われ方について、我々に深く考えさせるきっかけとなったと言えるでしょう。

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