古代ギリシャの暗黒時代:謎に満ちた鉄器時代への移行
紀元前1200年から紀元前700年頃、古代
ギリシャは文字資料の乏しさから「暗黒時代」と呼ばれてきました。この時代は、繁栄した
ミケーネ文明の終焉と、後の古典期
ギリシャへの移行期にあたり、近年まで歴史の空白期間とみなされてきました。しかし、考古学的発見や研究の進展により、その実像が少しずつ明らかになりつつあります。現在では、より正確に「初期鉄器時代」と呼ぶべきとする意見が主流になりつつあります。
ミケーネ文明の崩壊:前1200年のカタストロフ
紀元前1200年頃、東地中海世界を揺るがす大規模な混乱、「前1200年のカタストロフ」が発生しました。
ヒッタイト帝国の崩壊や
エジプト新王国の衰退と同様に、古代
ギリシャでは
ミケーネ文明が終焉を迎えました。
ミケーネの
宮殿は破壊され焼かれ、高度な技術で作られていた金銀細工や
象牙細工なども姿を消しました。
宮殿を拠点とした再分配経済システムも崩壊し、それに伴い
線文字Bの使用も終焉を迎えました。
カタストロフの原因については諸説あります。
ドーリア人の侵入、地震、大規模な飢饉、気候変動、あるいはそれらの複合的な要因などが挙げられていますが、現在最も有力な説は、海賊集団による略奪と破壊活動です。しかし、
ミケーネ文明の崩壊は瞬間的な出来事ではなく、段階的な衰退のプロセスであった可能性も示唆されています。アッティカ地方や
キプロス島などでは、
ミケーネ文明の終焉後も独自の文化が発展した跡が見つかっています。
伝統的な説では、
ドーリア人の侵入が
ミケーネ文明崩壊の主要因とされてきました。紀元前13世紀末から始まる「
海の民」の移動に伴い、
ドーリア人が
バルカン半島から
ギリシャ南部に移動、定住したとされています。しかし、近年の研究では、
ドーリア人の移動が
ミケーネ文明崩壊の直接的な原因であったのか疑問視されています。
海の民の襲来自体も、大規模な人口移動というよりも、当時における軍事技術の変化による影響が大きかった可能性が指摘されています。
ドーリア人の移動についても、
ミケーネ文化が
エーゲ海諸島や小アジアに広がったことによって、南
ギリシャに空白地ができた結果、
ドーリア人がそこに移動したという説があります。さらには、
ドーリア人の移動自体を否定する説も存在します。
暗黒時代の実像:本当に「暗黒」だったのか?
「暗黒時代」という名称は、文字資料の欠如と、
ミケーネ文明に比べて社会規模や文化が縮小した時代であったことに由来しています。しかし、本当に「暗黒」の時代であったのかは疑問視されています。鉄器の導入、土器の種類の増加、海外との交易の継続などが確認されており、一定の文化的な発展が見られます。
クレタ島などでは、比較的早い段階で復興が進んだと考えられています。また、エウボイア島のレフカンディ遺跡などからは、近東や
キプロスとの交易を示唆する出土品が発見されています。
特に注目すべきは、この時代に鉄器が
ギリシャに導入されたことです。鉄器の使用は、農具や武器の生産に革新をもたらし、社会構造の変化にも影響を与えたと考えられています。
幾何学文様期:新しい芸術と社会
暗黒時代の中頃からは、土器に幾何学模様が描かれるようになります。「幾何学文様期」と呼ばれるこの時代は、アッティカ地方(
アテネ周辺)の墓地出土品を中心に研究が進められていますが、
ギリシャ各地で独自の文化発展が見られたと考えられています。
葬制の変化(
土葬から
火葬へ)、土器の文様や形状の変化、そして海外との交易の再開など、様々な変化が幾何学文様期に起こりました。これらの変化は、社会構造の変化や新たな文化的交流を反映していると考えられています。
アルファベットの成立:文字の普及とポリスの誕生
暗黒時代の終焉を告げる出来事の一つが、アルファベットの成立です。フェニキア文字の影響を受け、エウボイア地方で発明されたと考えられる
ギリシャ文字は、急速に
エーゲ海世界に普及しました。文字の普及は、情報伝達の効率化だけでなく、法体系の整備や、社会の透明性の向上をもたらしました。
これにより、
宮殿を中心とした社会から、広場(アゴラ)を中心とした新しい社会(
ポリス)へと移行していく基盤が形成されていきます。
ホメロス叙事詩と前8世紀のルネサンス
紀元前8世紀頃には、「前8世紀のルネサンス」と呼ばれる文化的な復興期を迎えます。ホメロス
叙事詩『イリアス』と『
オデュッセイア』の成立は、この時代の象徴的な出来事と言えるでしょう。
叙事詩に描かれた世界は、暗黒時代を通して受け継がれた
ミケーネ文化の要素を反映していると考えられます。
まとめ:断絶と連続
古代
ギリシャの「暗黒時代」は、
ミケーネ文明崩壊後の社会の変容と、後の古典期
ギリシャへの移行期を指す複雑な歴史的時代です。文字資料の欠如から多くの謎が残されていますが、考古学的発見や学問の発展によって、その実像が少しずつ明らかになりつつあります。それは、単なる「暗黒」ではなく、新たな社会、文化が形成されていく重要な時代であったと言えるでしょう。今後、さらなる研究によって、この時代に関する新たな知見が得られることが期待されています。