未完成のオベリスク

エジプト南部、ナイル川沿岸に位置する都市アスワン。この地の古代採石場に、現代に生きる私たちに古代エジプトの技術力を雄弁に物語る驚異的な遺構が存在します。それが「未完成のオベリスク」と呼ばれる巨大な花崗岩の記念碑です。別名を「切りかけのオベリスク」とも称され、その名の通り、完成に至らずに採石場で作業が中断された状態で残されています。

この巨大オベリスクの製作が計画されたのは、古代エジプト新王国時代、第18王朝のファラオであるハトシェプスト女王（紀元前1508年頃～紀元前1458年頃在位）の時代と推測されています。彼女は強大な権力を持ち、多くの壮大な建築事業を行いました。このオベリスクも、おそらく彼女が建てたあるいは増築したカルナック神殿に奉納されるはずだったと考えられています。当時のファラオたちは、自らの権威や神々への奉納を示すために巨大なオベリスクを建造し、神殿に建立しました。

この未完成のオベリスクは、現存するどの古代エジプト製オベリスクよりも桁外れに大きなものとして計画されていました。完成すれば、その長さはおよそ42メートルにも達し、重さは推定1,200トンという途方もない規模となるはずでした。これは通常の完成品より10メートル近くも大きいものです。現在、その巨大な岩塊は、まだ採石場の基盤岩にしっかりと繋がったまま横たわっています。その姿は、まるで巨大な怪物が大地に根を張っているかのようです。

しかし、この壮大な計画は無念にも途中で頓挫しました。石工たちがオベリスクを周囲の岩盤から切り出し、形を整える作業を進めていた最中、その巨大な花崗岩の塊の中に致命的な亀裂が見つかったのです。古代エジプトの石工技術は非常に高度でしたが、当時の技術をもってしても、これほど大規模な岩塊内部のひび割れを修復したり、そのまま使用したりすることは不可能でした。もしそのまま加工を続ければ、完成前に破損するか、あるいは建立後に安全上の問題を引き起こす可能性がありました。そのため、石工たちは苦渋の決断として、この巨大なオベリスクの製作を放棄せざるを得ませんでした。オベリスクの最下部は、今なお採石場の岩盤と一体となった状態です。

作業が中断されたおかげで、私たちは古代エジプト人がどのようにして巨大な石を切り出し、加工していたのかという貴重な技術の痕跡を、この場所で直接目にすることができます。岩肌には、当時の石工たちが使った道具（おそらく鉄や青銅のノミ、そして石製のハンマーや球状の石）で削った跡が鮮明に残されています。また、作業範囲や計画を示していたと思われる黄土色の線も、風雨にさらされながらも部分的に確認できます。これらの痕跡は、何百人、何千人もの労働者が灼熱の太陽の下、根気強く岩を削り続けたであろう当時の様子を彷彿とさせます。まさに、古代の石工たちが残した生々しいワークショップなのです。

未完成のオベリスクは、アスワンの広大な採石場に存在する唯一の遺構ではありません。2005年には、この近くで別の切り出し途中のオベリスクが発見されています。さらに、採石場内の他の場所からも、加工途中の彫刻や様々な遺構が見つかっています。これらの発見は、アスワンの採石場が単一のオベリスクだけでなく、古代エジプト時代を通じて、テーベ（現在のルクソール）などナイル川沿いの主要都市に運ばれた多くの有名なオベリスクや石像、建築用石材の主要な供給源であったことを示唆しています。ここで切り出された石材が、遠く離れた神殿や墳墓を飾ったのです。

アスワンのこれらの古代採石場群は、未完成のオベリスクを含む貴重な遺構が多数存在するため、エジプト政府によって正式な遺跡として厳重に保護されています。そして、その重要性を広く伝えるため、現在は野外博物館として一般に公開されています。観光客は、実際に当時の石工たちが作業していた場所に立ち、放棄された巨大なオベリスクの姿を間近に見ることで、古代エジプトの技術力、労力、そして計画の壮大さを肌で感じることができます。未完であるがゆえに、その製作過程を学ぶことができるという点で、このオベリスクは完成品とは異なる、ユニークな歴史的価値を持っています。

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