カルナック神殿

カルナック神殿は、現在のエジプト南部、ナイル川東岸にある古代都市テーベ（現在のルクソール周辺）に位置する、広大な宗教施設の集まりです。特に新王国時代（紀元前1550-1069年頃）にエジプトの首都として栄えたテーベにおいて、国家の最高神アメンへの崇拝の中心地として発展しました。この一帯は、後の村の名を取ってカルナックと呼ばれており、その規模は約1平方キロメートルにも及びます。1979年には、近隣の王家の谷などと共に「古代都市テーベとその墓地遺跡」の一部として、ユネスコ世界遺産に登録されています。

この巨大な複合体は、いくつかの主要な神域や付属の建造物から構成されていますが、その中で最も広く一般に公開されているのは、中心であるアメン大神殿（アメン＝ラーの神域）です。多くの観光客が「カルナック神殿」として訪れるのは、主にこのアメン大神殿部分を指します。他には、アメンの妻とされる女神ムトに捧げられたムトの神域、そして軍神モンチュに捧げられたモンチュの神域がありますが、これらは現在非公開となっています。

カルナックにおける建造活動は、中王国時代（紀元前2055-1650年頃）に始まりました。しかし、現在見られる主要な建造物のほとんどは、新王国時代以降に建てられたものです。歴代のファラオたちは、自らの権威を示すために、この神殿に次々と手を加え、拡張していきました。特にテーベが統一エジプトの首都となった第18王朝以降、アメン神が国家的な重要性を増すにつれて、神殿の規模は飛躍的に拡大しました。プトレマイオス朝やローマ支配時代にも建設や修復は続けられましたが、西暦4世紀にキリスト教が認められ、異教神殿が閉鎖されると、カルナック神殿も徐々に放棄されていきました。

アメン大神殿の構成

アメン大神殿は、カルナック複合体の中核をなす最大の建造物群です。敷地全体は、厚さ約10メートルの日干し煉瓦の周壁で囲まれています。神殿の主要部分は、東西方向と南北方向の二つの主軸に沿って展開しており、それぞれの軸上には巨大な塔門（パイロン）が連続して配置されています。

東西の主軸は、かつてナイル川と繋がっていた運河の船着き場から始まります。ここからは、両側に雄羊の頭を持つスフィンクスが並ぶ参道が、最も外側にある第1塔門へと続いています。第1塔門は第30王朝時代に建設が始まりましたが、未完成のまま残されています。この塔門の内側には広大な前庭（大中庭）があり、その中には第19王朝セティ2世の聖舟休息所や、第20王朝ラムセス3世によって建てられた小神殿など、様々な時代の建造物が混在しています。

前庭の奥にある第2塔門を抜けると、カルナック神殿の最も印象的な空間の一つである大列柱室が現れます。幅102メートル、奥行き53メートルに及ぶこの広間には、134本もの巨大な円柱が林立しています。中央部の12本は高さ約21メートル、その他の122本も高さ約12メートルあり、古代エジプトにおける建築技術の驚異を示しています。これらの柱は、原初の湿原に生えるパピルスを象徴しているとされ、柱頭はパピルスが開花した形と蕾の形を表しています。大列柱室の建設はアメンホテプ3世の時代に始まり、セティ1世とラムセス2世によって完成・装飾されました。壁面には、ファラオの儀式や戦いの場面が緻密なレリーフで刻まれています。

大列柱室のさらに奥には、第3塔門、第4塔門、第5塔門、第6塔門が続きます。これらの塔門の間には、トトメス1世やハトシェプスト女王によって建てられた巨大なオベリスクが立っています。特にハトシェプストのオベリスクは高さ約29.5メートル、重さ323トンにも及び、現存する古代のオベリスクとしては最大級の一つです。これらの塔門の奥には、神殿の至聖所や、トトメス3世によって祝祭のために建てられた「アク・メヌ」（祝祭殿）などがあります。アク・メヌは、特徴的な柱を持つ多柱室があり、後にキリスト教の礼拝堂としても利用されました。

南北軸は、第3塔門または第4塔門付近から南へ伸び、ムトの神域へと向かう軸です。この軸上にも第7塔門から第10塔門が配置されています。第7塔門の手前には、神殿の儀式用水源であった聖池が広がっています。この聖池の南側にある「隠し場」と呼ばれる中庭の地下からは、20世紀初頭に約2万点もの大量の彫像や石碑が発掘されました。

その他の神域と建造物

アメン大神殿の主要部分の他にも、複合体にはいくつかの重要な神域や建造物が含まれています。

アメン大神殿の南に位置するムトの神域は、三日月形の聖池（イシェル）を特徴とし、女神ムトへの崇拝が行われました。アメンホテプ3世によって多くの建造物が建てられましたが、現在はほとんどが破壊されています。ここからは、アメン大神殿やルクソール神殿へ向かうスフィンクス参道が伸びています。

アメン大神殿の北にあるモンチュの神域は、軍神モンチュに捧げられた比較的小規模な区域です。モンチュ神殿やマアト神殿などがありますが、こちらも保存状態はあまり良くなく、非公開となっています。

アメン大神殿の東側、周壁の外には、アメンホテプ4世（アクエンアテン）がアテン神崇拝のために建造した神殿群がありました。しかし、アメンホテプ4世の死後、アメン神官団によって徹底的に破壊され、その建材（タラタートブロック）はカルナック内の他の建造物、特に第2塔門や第9塔門の詰め石として再利用されました。これらのタラタートブロックの一部は、後に再構築され、ルクソール博物館などに展示されています。

カルナック神殿は、単一の建築物ではなく、約2000年以上にわたる古代エジプトの歴史の中で、代々のファラオたちが信仰、政治、権威の象徴として築き上げてきた、生きた歴史博物館とも言える場所です。その広大さ、建造物の多様さ、そして壁面に刻まれた膨大なレリーフは、当時の人々の暮らし、信仰、そして国家の力を今に伝えています。

アメン大神殿の南西には、月神コンスに捧げられたコンス神殿があります。これは新王国時代の典型的な神殿構造を比較的よく留めており、プトレマイオス朝時代の記念門も残されています。コンス神殿の隣には、オシリス出産女神オペトの神殿もあります。

アメン主神殿の北側には、メンフィスで崇拝された創造神プタハの小神殿があり、ここではプタハの妻セクメトの像を見ることができます。また、アメン大神殿複合体の北西の一角には、野外博物館があり、かつて神殿の詰め石などに再利用されていた初期の建造物の断片が復元・展示されています。特にセンウセルト1世の「白い祠堂」やハトシェプストの「赤い祠堂」は、アメンホテプ3世の第3塔門の詰め石から発見された断片を組み直して復元されたものであり、カルナックの古い歴史を知る上で貴重な遺構です。

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