本朝水滸伝

『本朝水滸伝』は、江戸時代後期の文人、建部綾足によって執筆された読本です。中国の名作『水滸伝』を下敷きとしながらも、日本の歴史を背景に独自の物語を展開する、類まれな作品と言えるでしょう。

安永2年（1773年）に前編10巻が刊行され、後編15巻は写[[本]]として伝えられていますが、未完に終わっています。しかし、後編に付された続編目録には70条までが記されており、全体の構想としては『水滸伝』の100回本、もしくは120回本になぞらえ、100条または120条で完結する予定だったと推測されています。

本作は、古風な雅文体で書かれており、当時の読者にとって新鮮で洗練された表現だったと想像されます。長編読本の草分け的存在であり、『水滸伝』の翻案としては非常に早い時期に制作された作品でもあります。

物語は、味稲の翁が吉野川で拾った柘の枝から仙女が現れるという、幻想的な場面から始まります。仙女の予言に従い、翁は柘の枝を百段に折って川に流すと、それらが様々な身分の人間となって吉野に戻ってくるというのです。

この物語の主題は、孝謙天皇の寵愛を受け、法皇となった道鏡の専横に対する抵抗です。恵美押勝らによって、道鏡打倒の計画が企てられます。押勝は亡命後、伊吹山を拠点とし、兄である豊成（白猪老父）に道祖王を預け、東国へと下ります。一方、和気清麻呂や大伴家持らも蜂起を試みるなど、物語は複数の勢力の抗争を軸に展開していきます。

舞台は奥州から九州にまで及び、蝦夷の棟梁や楊貴妃といった、歴史上の人物や伝説的な存在が奔放に登場するなど、スケールの大きさも本作の特徴です。架空の人物と実在の人物が入り混じり、歴史的事実とフィクションが絶妙に融合することで、独特のリアリティと魅力を生み出しています。

『本朝水滸伝』は、単なる『水滸伝』の翻案にとどまらず、建部綾足の豊かな想像力と、歴史への深い関心が凝縮された作品と言えるでしょう。未完であることが惜しまれる一方、残された部分からも、その独特の世界観と、当時の読者への影響力の大きさを垣間見ることができます。現在では、高田衛、木越治、田中善信による校注本が『新日本古典文学大系』に収録されており、現代の読者もその魅力に触れることが可能です。

『本朝水滸伝』は、江戸時代の読本文学における重要な作品であり、その後の文学にも大きな影響を与えたと考えられます。歴史小説、時代小説、あるいはファンタジー小説といった現代のジャンルに通じる要素も持ち合わせているため、現代の読者にとっても、多くの発見と読み応えのある作品と言えるでしょう。その壮大なスケール、個性豊かな登場人物、そして歴史とフィクションの融合といった要素は、現代においても高く評価されるに値するものです。

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