松 (ワープロ)

MS-DOS日本語ワープロソフト「松」：軽快な動作と高度なカスタマイズで一世を風靡

1980年代、MS-DOS環境において、日本語ワープロソフトはパソコンユーザーにとって不可欠な存在でした。「松」は、管理工学研究所が開発した日本語ワープロソフトで、ジャストシステムの一太郎と人気を二分するほどの存在感を誇っていました。その名前は「松竹梅」から取られており、パソコン黎明期における日本のワープロソフト発展の歴史を語る上で欠かせないソフトウェアの一つと言えるでしょう。

「松」の歴史：PC-98からMS-DOSへ

「松」の開発は、1983年7月にNECのPC-9801用日本語ワープロソフトとして始まりました。当初は「日本語ワードプロセッサ」という、当時としてはありふれた名称でしたが、内部コードネームは「竹」でした。この頃のワープロソフトは、メーカー名を冠して呼ばれることが一般的だったのです。「松」は、既存の熟語変換ではなく、当時としては先進的な文節変換に対応し、PC-9801の少ないメモリ容量でも快適に動作するよう設計されていました。高価な価格設定にも関わらず、その軽快な動作と高度な機能はユーザーから高い評価を受けました。

1983年12月には、機能強化と単語辞書の拡充を図った「松」が正式にリリースされます。同時に低価格版「梅」も発売されましたが、人気は「松」に集中し、「梅」は翌年に販売終了となりました。「松」は発売から1年で1万5000本を売り上げる大ヒットを記録し、パソコン用日本語ワープロソフトのベストセラーとなりました。この成功は、管理工学研究所が長年培ってきた日本語組版システムのノウハウと、PC-9801の内部構造への深い理解があったからこそ成し遂げられたものです。

初期の「松」は、PC-9801に最適化された設計により、少ないメモリ容量でも効率的な動作を実現していました。しかし、MS-DOSへの対応は当初は困難と判断され、保留されていました。しかし、アスキーマイクロソフトの古川享氏の要請により、1985年にはMS-DOS版「松85」がリリースされます。同時に、PC-98XA対応版「松XA」も発売されました。しかし、同年に発売されたジャストシステムの一太郎は、価格競争力と高い機能性を武器に、「松」のシェアを奪い始めます。

その後も「松」は改良が重ねられ、「松86」では日本語入力システムが独立した「松茸86」が登場し、Lotus 1-2-3日本語版にもバンドルされました。「新松」ではコピープロテクトが廃止され、操作体系も大幅に見直されました。マウス操作にも対応し、カットアンドペーストを基本とした操作性は、Macintoshの影響が見られました。さらに高度なカスタマイズ機能も備え、ユーザー自身でキーアサインやインターフェースの色などを変更できるようになりました。また、マクロ機能や索引作成機能も実装され、多くのワープロソフトに先駆けて高度な機能を提供しました。

「新松」は、ユーザーからのフィードバックを積極的に取り入れながら開発されました。ベータ版をパソコン通信を通じて配布し、バグ報告や改善要望を受け付けるなど、当時の大手ソフトウェアベンダとしては画期的な試みでした。「n松」ではノートパソコンでの利用に最適化され、さらに「松ver.5」「松ver.6」と改良が続けられましたが、Microsoft Windowsへの対応は行われず、「松」シリーズは歴史の幕を閉じました。

「松茸」：独立した日本語入力システム

「松茸」は「松」のかな漢字変換機能を独立させた日本語入力フロントプロセッサです。Lotus 1-2-3の日本語化を請け負った際に、MS-DOSのデバイスドライバとして開発されました。他の日本語入力システムとは異なり、文法解析を最小限に抑え、名詞だけで変換する「複合語変換」を採用することで、高速な入力を実現しました。「松茸」は「松」だけでなく、「桐」シリーズにも搭載され、Windows版も開発されました。

「松」と競合ソフトとの比較

「松」はPC-9801に特化した設計とアセンブリ言語での開発により、競合他社のワープロソフトよりも軽快な動作を実現していました。起動時に初期起動メニューが表示されるなど、ワープロ機器を意識したインターフェースも特徴でした。また、プリンタドライバが充実していたほか、「カスタマイズ」「目次・索引作成」「マクロ」などの高度な機能をいち早く搭載しました。これらの機能は、多くの作家や翻訳家にも支持されました。

まとめ

「松」は、PC-98時代のパソコン文化を象徴するソフトウェアです。その軽快な動作と高度なカスタマイズ性は、多くのユーザーを魅了しました。ライバルソフト「一太郎」との競争、そして派生ソフト「松茸」「松風」の誕生を通して、日本のワープロソフトの歴史に大きな足跡を残したと言えるでしょう。「松」は、単なるワープロソフトとしてだけでなく、その開発背景や技術的側面、そしてユーザーとの関わりを通して、日本のITの歴史を理解する上で重要な存在です。

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