松尾村与次兵衛

松尾村与次兵衛

概要

松尾村与次兵衛（まつおむら よじべえ、生没年不詳）は、江戸時代初期に加賀藩の代官職である十村として、砺波郡五箇山赤尾谷組を管轄した人物である。五箇山における加賀藩の支配が始まると、当初は瑞泉寺下梨道場（後の瑞願寺）の五ヶ山市助家が代官を世襲する体制がとられた。天正13年（1585年）に初代市助が任命されて以来、約一世紀にわたり五代にわたって代官職を世襲した市助家であったが、慶安4年（1651年）からはこれと並ぶ十村として細嶋村の源太郎が任じられ、五箇山は西半（赤尾谷谷、上梨谷、下梨谷からなる「赤尾谷組」）と東半（小谷、利賀谷からなる「利賀谷組」）に分け、それぞれ管轄地域を分ける体制が整った。与次兵衛は、五代目市助の死去にあたり、その息子がまだ幼年であったため、元禄元年（1688年）4月28日、赤尾谷組の十村の後継者として選ばれた人物である。

十村としての活動

与次兵衛が十村に就任した頃、利賀谷組の十村は、細嶋村源太郎から延宝5年（1677年）に祖山村太郎助に代替わりしていた。このため、与次兵衛は主に祖山村太郎助と協力し、五箇山の十村職務にあたったことが知られている。

元禄4年（1691年）と元禄7年（1694年）には、加賀藩が領内全体の物産調査を実施し、その結果は『元禄中農隙所作村々寄帳』として記録された。この記録において、五箇山の西半は「松尾村与次兵衛与」として記載されており、主要な産物として上り紙（藩が買い上げる紙）、中折紙、中折色紙、蝋、塩硝、塩付ぜんまい、堅炭などが列挙されている。特に「上り紙」に関する記述は、五箇山和紙が加賀藩の御用紙として初めて公式に言及された例であり、地域の歴史を知る上で貴重な資料となっている。また、元禄11年（1698年）9月には、改作奉行からの問い合わせに対し、祖山村太郎助と共に十村の扶持（手当）を金銭で受け取っている旨を回答した記録が残っている。

退任と後継者

松尾村与次兵衛は、元禄15年（1702年）3月に十村役を辞した。与次兵衛はこれに先立つ延宝5年（1677年）2月、下梨村の宗兵衛の次男である長左衛門を婿養子に迎えており、彼が与次兵衛の後継者候補と見なされていた。しかし、交通の要衝たる下梨に比して松尾村での役務には何らかの不都合があったとみられ、元禄15年7月10日に長左衛門が与次兵衛の跡を継いだ後、元禄16年（1703年）2月には十村役はそのままに下梨村へ移り住み、以降下梨村長左衛門と称するようになったという。

長左衛門は正徳3年（1713年）4月に隠居し、その息子の下梨村宅左衛門が同年10月6日より十村役を引き継いだ。宅左衛門は延享元年（1744年）に砺波郡預り高を受け、更に宝暦4年（1754年）には御扶持人となるなど、利賀谷組の十村を兼任して精励した功績が認められ、十村役としては最高級の栄誉を得た。しかし、不慮の出来事により突如金沢の牢に入れられることとなり、宝暦9年（1759年）4月21日に牢内で死去した。宅左衛門の死後、五箇山の十村役は、以降平野部に居住する人物（三清村仁九郎、大西村加伝次など）から選ばれるのが通例となった。松尾村与次兵衛の十村在任は、五箇山の十村が地域内の人物から選ばれる伝統的な体制から、後継者問題を契機に外部からの選出へと移行する過渡期に位置づけられる出来事であったと言える。

もう一度検索